凄まじいヴォリュームの気合いの入った復刻と、40年間に亘る小沢昭一の頭のなか

 小沢昭一(1929-2012)が取材・構成した日本産ドキュメンタリー・レコードの一大金字塔『日本の放浪芸』シリーズがヴォリュームアップして復刻される。

 『日本の放浪芸』は、俳優の小沢が〈芸能の根源〉を探求せんと、70年代前半に日本各地を歩き回って、大道芸や香具師(テキヤ)、僧侶の節談説教、ストリップなどを取材、録音、構成した超ハードコアな巷間芸能集成で、71年から77年にかけて計4タイトルのLPセットとしてビクターから発売された。99年にはCD化されたが、それも近年は入手困難となり、図書館で借りるしかなくなっている。今回の再復刻が大きな反響を巻き起こすのは必至だろう。 

小沢昭一 『ドキュメント 日本の放浪芸 小沢昭一が訪ねた道の芸・街の芸』 ビクター(2015)

 第一弾のLP7枚組『日本の放浪芸:小沢昭一が訪ねた道の芸・街の芸』が発売されたのは71年。その2年前の69年に小沢は初の単著「私は河原乞食・考」を上梓し、芸能の根源と本質に関する考察を急速に深めつつあった。早稲田大学演劇科大学院に特別入学して、5年間にわたる芸能史研究を始めたのも同じ頃。そんな流れの中で生まれたのがこのシリーズである。三河万歳に浪花節、ごぜ唄、香具師の口上、三味線や竪琴などの流し、人形芝居に猿回しなど、この第一弾には全国の民俗芸能の現場の空気が生々しく記録されている。随所に入る小沢の解説もすこぶる名調子。同包ブックレットの詳細極まる解説や写真の素晴らしさも言うことなし。結果これは、同年の日本レコード大賞企画賞を受賞したのだった。

 以下3タイトルが続く。第二弾『又「日本の放浪芸」:小沢昭一が訪ねた渡世(てきや)芸術』は73年発売のLP5枚組。貯金箱売りやもぐさ売り、易者やへびの大ジメ口上に、バイオリン演歌に虚無僧に傷痍軍人にとますます荒唐無稽。同年の芸術選奨を受賞。『また又「日本の放浪芸」:節談説教~小沢昭一が訪ねた旅僧たちの説法』は74年発売のLP6枚組。ここでは節回しにフォーカスし、浪花節や義太夫、僧侶の節談説教などがてんこ盛り。そして77年発売のLP4枚組『まいど…「日本の放浪芸」:小沢昭一が訪ねたオールA級特出特別大興行』は、ストリップがテーマ。前3タイトルのおまけのように見せつつ、しかしこれぞ巷間芸能の頂なり、という小沢の本音が透けて見える、まさに画竜点睛を打った会心作。ついでに、以上の4タイトル以外にも、74年に新宿紀伊国屋ホールでおこなわれた〈放浪芸大会〉のライヴ盤3枚組も75年には発売されている。都合、LPにして計25枚。まさしくこれは、日本民俗芸能ドキュメントの大山脈なのである。

 さて今回の再復刻4タイトル。CDだけどLPサイズ、つまりオリジナルと同サイズのボックスに収められており、これまでお蔵入りとなっていた貴重な未公開音源ボーナスCDが各巻に1枚ずつ追加されている。当時のオフショット写真や貴重な資料などもスペシャル・ブックとして収録。そして何よりもうれしいのが音質の向上だ。オリジナル・アナログ・マスターテープからマスタリングした、ハイレゾ音源のダウンロード・カードまで封入されるという豪華さ。アラン・ローマックスやセシル・シャープにも匹敵する小沢昭一の偉業にふさわしい、気合いの入った復刻に感謝。

 1970年前後、急速に消失しつつあった闇の中に小沢は芸能の神髄と新たな可能性を見い出し、我々に開示してくれた。今こそ、コピペも上書きもできないナマモノとしての芸をとことん味わい尽くしたいものである。

小沢昭一 『大沢悠里プロデュース 小沢昭一の小沢昭一的こころ 昭和の傑作選 CDボックス』 コロムビア(2015)

 あと、今回の復刻に合わせる形で、小沢が亡くなるまで約40年間続いたラジオのトーク番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ」もCD10枚組セットとして再登場。過去にカセットテープでしか発売されてなかったものや、初メディア化のものなども多数含まれている。上質な講談や落語の域にも達した小沢のキレのいい口上には、『日本の放浪芸』の旨みがたっぷりと詰まっている。