途轍もなく開放的な空気を纏って幕を開けた音楽人生の後半戦! 街を巡る道中で出会った賑やかな仲間たちと荒波の中を出港した海賊船は、聴き手をどこに導く?
「『金字塔』(97年)から『対音楽』(2012年)までで一周したような感覚があって、正直〈やめるならここだな〉っていうのも思ってました。でも、これはあくまで〈レコーディング・アーティスト〉としてやってきた中村一義のピリオドであって、〈前半戦が終了しました〉ってことなんだと思えてきたんです」。
中村一義の4年ぶりの新作にして、ビクター移籍第1弾アルバム『海賊盤』は、こうした思索の末に誕生した、彼の音楽人生の後半戦の幕開けを告げる作品だ。自分のルーツと正面から向き合った渾身作『対音楽』の先で、中村はまず100s時代からの盟友である町田昌弘と共に全国を回るトーク&弾き語りライヴ〈まちなかオンリー!〉から活動を再開している。
「ビートルズ解散後にポール(・マッカートニー)が学園祭を回ったような感覚でやりたかったんです。そのときおぼろげに思ったのが、もしまたアルバムという形で自分の作品が世の中に出るとしたら、自分一人でコンセプトをガチガチに固めるんじゃなくて、みんなと共有できるアルバムを作りたいってことだったんですよね」。
こうした意思が呼び寄せたのか、2013年には同世代の仲間であるHermann H. & The Pacemakersと邂逅し、一緒にイヴェントへと出演。2014年に地元の江戸川区でスタートした〈エドガワQ〉でのバンド・メンバーも合わせ、やがて中村を含めた合計11人プラス、ジャケットでビクターのマスコット・キャラクターであるニッパーと並ぶ中村の愛犬・魂(ゴン)の〈大海賊〉が生まれた。
「ソロかバンドか、最初は宙ぶらりんな感じだったんですけど、どんどん仲間が集まってきたんですよ(笑)。しかも、ヘルマンも再結成して間もないタイミングだったから、一緒に飲むと〈ここからもういっちょ行こうぜ!〉みたいな感じになるし、しかもあいつら素行悪くて、ホント海賊みたいなんですよ(笑)。別の言い方をすれば大家族というか、もはや〈民族〉みたいな感じですね」。
曲作りにはライヴからのフィードバックが大きく作用していて、〈まちなかオンリー!〉で録音されたオーディエンスの合唱や掛け声を散りばめることにより、アルバム全体が非常に開放的で躍動感のある仕上がりとなっている。また、〈海賊〉というコンセプトが固まる前のバンドのイメージがディズニーの〈カントリーベア・シアター〉だったこともあり、数曲でバンジョーが使われ、カントリー色が強いのも特徴。そんな本作を象徴する一曲が、オープニングに据えられた“スカイライン”だ。
「『対音楽』は“僕らにできて、したいこと”っていう、東北の震災を喚起する曲で終わってるんですけど、アルバムを作り終わって東北に行ったときに、ここを糧にするような曲を次の一発目にアンサーとして書かなきゃダメだと思ったんです。そこで飛行機雲を見て、〈そういえば、“キャノンボール”を作ったときに、それに呼応するタイトルとして“スカイライン”ってあったな〉って思ったり、なんとなくサイモン&ガーファンクルの〈明日に架ける橋〉が頭に流れて、もうメソメソしたような感じは一切排除して、生きてること自体がたまんねえじゃねえかって曲にしようと思って」。
言葉遊びを駆使しつつ、時代と向き合う歌詞の素晴らしさは言わずもがなだが、“あれやこれや”や“こうでこうでこう”といった曲タイトルにも表れているように、本作で中村がもっとも意識したのは〈決めつけないこと〉だったという。
「“あれやこれや”って一見抽象的なタイトルで、〈俺の大切なこと、君の大切なこと〉ってタイトルでもいいんだけど、誰かの大切なことを俺はわからないし、俺の大切なことも他の人にはわからない。でも、それに対して想いが強いってことだけは共通してると思うんですよ。実はそこにこそ普遍性がある。“こうでこうでこう”にしても、結局〈どっちがどう〉じゃなくて、〈こういうことがそれを生んでるんだよね〉っていう、根本の部分を歌うことに努めたんです」。
混迷の度合いを深める時代に、荒波の中を出港した海賊船。「民族大移動というか、ノアの方舟なのかもしれない」という中村の言葉に、ここから始まる後半戦に向けた強い覚悟を感じた。