Waiting For The Sirens' Call
弱冠21歳でエレクトロニック・ミュージックの流れを変えたニコラス・ジャーが、ついに5年ぶりのニュー・アルバムを作り上げた。革新的でイマジナティヴなプロダクションによって、天才はふたたび己の領域を圧倒的に拡張する……

NICOLAS JAAR Sirens Other People/BEAT(2016)

 

腰を据えて向き合うべき〈アルバム〉

 ダンス・ミュージックの領域を超え、世界に衝撃を与えたファースト・アルバム『Space Is Only Noise』から5年。その間、自身のレーベル=アザー・ピープルの運営はもちろん、ダークサイド名義でのアルバム『Psychic』発表やダフト・パンク『Random Access Memories』の丸ごとリミックス、映画「ディーパンの闘い」のサントラ制作など、多方面で創作意欲を形にして話題に事欠くことのなかったニコラス・ジャーが、満を持してセカンド・アルバム『Sirens』をリリース。今回は日本盤のボーナス・トラックを含めてもわずか7曲のみの収録だが、彼の最大の魅力である多様性は余すところなく収められている。

 オープナーは長尺のアンビエントで、ピアノの調べと頼りないヴォーカルのハーモニーがいまにも壊れそうな繊細さを生む、とても美しい曲。ガラスや金属らしき音のサンプリング、エキゾティックなメロディー、細やかなノイズも散りばめられ、アンビエントと言えども構成要素は多岐に……といった塩梅で、安易な形容を拒むように現代音楽、ジャズ、ラテン音楽、IDM、ハウス、ロックなどが入り混じる。ドラムンベースとジャズが交錯する退廃的な“Leaves”やパンキッシュな“Three Sides Of Nazareth”ほか、意外性のあるヴォーカル曲も用意され、彼の音楽的な探求はますます深まるばかりだ。丹念な作業の賜物か、曲の配置や統一感も申し分なく、腰を据えて向き合うことで〈アルバム〉というフォーマットの素晴らしさをも気付かせてくれる。 *青木正之

 

〈聴く散文詩〉のような美しきアヴァン・コラージュ

 ニュー・アルバム『Sirens』の到着に先駆け、ニコラス・ジャーのオフィシャル・サイトには昨年のEPシリーズ〈Nympphs〉と、セルゲイ・パルジャーノフによる69年の実験映画「ざくろの色」から着想を得たというサントラ『Pomegranates』、そして本作のタイトルを組み合わせた三角形のシンボルがアップロードされた。その真意は不明だが、鮮烈ながらもくすんだ色彩感覚、静謐さのなかに不穏な官能性を忍ばせた空気感、反復と対比を用いたカットアップ・コラージュ……イメージの連鎖でおぼろげなストーリーを立ち上がらせる、さながら〈観る散文詩〉のようなパルジャーノフの作風は、本稿の主役と重なる部分が多いように思う。

 プロデュースを本人が、マスタリングをラシャド・ベッカーピンチ&シャーウッド他)が担った新作は、11分超のシネマティックな“Killing Time”で幕を開ける。ガラスと金属の粉砕音が淡く煌めくイントロを物憂いピアノと幽玄なヴォーカルが引き継ぐと、徐々に宗教的な色合いも滲ませるメランコリックなアンビエントへ。そこからドラムンベース×フリージャズ×ツイストな“The Governor”、東洋的な弦の響きにヴォイス・サンプルを乗せた“Leaves”、レゲエとラテン・ジャズが邂逅した“No”、ノイズ交じりのポスト・パンク調“Three Sides Of Nathareth”と続き、ラストは甘くエモーショナルなダブドゥワップ“History Lesson”がエンドロールのような余韻を残す。モノクロームの揺らぎの奥に沈められた、全6曲の美しいアヴァン・コラージュ――まさに〈聴く散文詩〉の如き一枚だ。 *土田真弓