監督レベッカのナイス・プラン!

 ヒロインを背後から捉えた冒頭のワンショット、彼女(グレタ・ガーウィグ)の髪の輝く黄金色とコートの鮮やかなブルーの取り合わせに、目を見張る。衣装やらインテリアやらの色彩の美しさが、映画全編に満ちている。美しいだけじゃない。この色彩は、言ってみれば、このヒロインが住む世界の色であり、彼女という存在が放つ色だ。

 知り合いの男からあっけらかんと精子をもらって子どもを作ろうとしたり(精子の容器の蓋の夢のような水色!)、夫(イーサン・ホーク)への愛が冷めてしまったからといって、自分がその手から彼を奪った前妻(ジュリアン・ムーア)のもとに返そうとしたり…。こんなに普通じゃないヒロインの行動から、でも目が離せないのは、彼女の不思議な無頓着さと無防備さと、それらが入り混じったところから発せられる、ある種の無垢な輝きといったもののせいだ。

 その魅力が、色彩を媒介にして発信されてくる。夫を返すというとんでもないオファーに、当然激怒したムーアが、しかし後日、ガーウィグを訪ねてくる。カフェで向かい合うシーンで、ガーウィグの衣装と背景のインテリアの美しい暖色のアンサンブルを見せたカメラが切り返すと、ムーアの衣装と背景のインテリアのやはり見事な寒色の取り合わせを映しだす。二人の全くキャラの違う女たちの出会いを、その鮮烈な色のコントラストが描き出している。

 先のファーストシーンはもう一つ、この映画の主要なツールを提示する。背中のショットに続いて、軽快に歩を進める彼女の脚のショットが現れる。その歩き方に、すでにヒロインのエキセントリックなキャラクターがあふれ出してくる。ホークが最初に彼女に目を止めるのも、公園をすごい勢いで横切っていく彼女の歩き方だ。あるいは、大学の廊下でホークと挨拶を交わすときの、彼女のふんわりゆったりした歩き方(この女優は一体いくつ歩き方を持っているんだろう!)。監督のレベッカ・ミラーは、歩行を映画の言葉に変換して、ヒロインの中で息づいているしなやかで生き生きとしたリズムを伝えてくる。

 グレタ・ガーウィグという女優の身のこなしには、サイレント映画の俳優のような軽快さと、大地に根を下ろしたような日向臭さとが同居している(彼女が主演した『フランシス・ハ』の魅力もそこにある)。だから、椅子に座ったりベッドに横たわったりする彼女のスタティックな姿勢にさえも、何か普通じゃない表情が宿っていたりもするのだ。

 ホークの視線は、彼女の空間にも注がれる。真冬のニューヨークの公園の寒さに耐えかねて、彼女が自宅に初めて彼を誘うシークエンス、本棚に囲まれた親密で暖かい部屋にホークが一目で魅入られるショットは、空間が人を結びつける瞬間を捉えている。

 この映画の空間は雄弁だ。たとえば、彼女の部屋の親密な空間から、結婚後、彼らは壁や扉が少なく奥行きと広さをもった開放的なアパートメントの部屋へと移っていくのだけれど、その空間の推移は、この映画の重要なターニングポイントを作っている。そこにひっきりなしにかかってくる電話が、この空間を外部に向けてさらに開放していく様を表しているように、ヒロインの生活は、ホークとの間に生まれた娘だけじゃなく、ホークとムーアの子どもたち二人、そして前妻のムーアまでも呼び込んできてしまう。その展開に目を丸くしつつも、観客は新しい次元で生まれて行く「家族」の像に、惹きつけられる。

 そんな状況がシンボリックに描かれるラストのスケートリンクの場面が素晴らしい。氷上のたどたどしい歩みとそれに差し伸べられる手。歩き、滑るスピードは皆違うけれど、みんなが同じサークルの周囲を回っている。そして、そこに出現する小さな、しかし驚くべき瞬間!

 

映画「マギーズ・プラン─幸せのあとしまつ─」
〈監督・脚本〉レベッカ・ミラー
〈音楽監督〉アダム・ホロヴィッツ
〈出演〉グレタ・ガーウィグ/イーサン・ホーク/ジュリアン・ムーア
配給:松竹(2015年 アメリカ 99分)
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◎1/21(土)新宿ピカデリーほか 全国ロードショー!
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