愛とロックに生きる女の履歴書

 かつてディスティラーズを引き連れ、パンク・シーンを席巻したシンガーのブロディ・ドール。キャリア20年近くを数える彼女が、このたびファースト・ソロ・アルバム『Diploid Love』を完成させた。本作について「人生のことをレコーディングしたものよ。トラウマを抱えて生きていくのではなく、それを克服し、いかに人生を生き抜いていくかについて書かれた曲が多くを占めているわ」とコメントしているが、その〈人生〉とは果たしてどのようなものだったのか。ロックに恋い焦がれ、時には愛に溺れ、絶望も味わって……それでも挫けることなくパワフルに前進してきたその女の歩みを振り返ってみたい。

BRODY DALLE 『Diploid Love』 Queen Of Hearts/HOSTESS(2014)

 

1. 生意気な少女時代

 79年1月にオーストラリアはメルボルンで誕生する。「子供の頃は冒険と動物が大好きで、空想家でもあったわ。性格は……生意気だったんじゃないかしら」とは本人の弁。そんな彼女が音楽に目覚めたきっかけは、シンディ・ローパーの83年作『She’s So Unusual』なんだとか。その後、コートニー・ラヴに憧れて13歳でギターを始め、16歳の時にファースト・バンド=サワーパスを結成する(グループ名の意味は不満屋)。

シンディ・ローパーの83年作『She’s So Unusual』収録曲“All Through The Night”

 「サワーパスで歌ったナンバーは私が初めて書いた曲たちだっただから、とにかくラウドでスクリームを入れたようなものかしら。ニルヴァーナ、スマッシング・パンプキンズ、ホール、ソニック・ユース、マッドハニー、ベイブズ・イン・トイランド、デッド・ケネディーズから強く影響を受けていたわね」。

 すぐに地元で支持基盤を固めたサーパスは、96年に国内の大型フェス〈Summersault〉へ出演。そこで運命を変える出会いが彼女を待っていた……。

 

▼関連作品
左から、シンディ・ローパーの83年作『She’s So Unusual』(Epic)、ホールの91年作『Pretty On The Inside』(Portrait/Epic)

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2. ティムとの出会い

 ブロディは〈Summersault〉の会場で13歳上のティム・アームストロング(ランシド)に一目惚れ。ちょうど彼女がブラック・フラッグなどハードコア・パンクにハマりはじめた時期ということもあって話も弾み、2人はそのまま恋仲に。そして翌97年、ティムの申し出でLAへと移住する。当時の心境を「どんなことが待ち受けているのか楽しみだったわ」と振り返る彼女。モヒカン&タトゥー&口ピアス……と見た目も恋人好みに変身し、入籍する98年頃にはパンク・シーンのアイコンとしてキッズから羨望の眼差しが送られることとなる。そんな折、ブロディは新バンドを結成し……。

 ランシドの95年作『...And Out Come The Wolves』収録曲“Time Bomb”

▼関連作品
左から、ランシドの95年作『...And Out Come The Wolves』(Epitaph)、ブラック・フラッグの81年作『Damaged』(SST/Unicorn)

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3.〈ティムの女〉から〈ディスティラーズのブロディ〉へ

 ブロディにとって2つ目のバンドとなるディスティラーズは、エピタフ傘下にティムが設立したヘルキャットから、2000年に『The Distillers』でデビュー。80sのUKパンクを思わせる荒々しい演奏とポップな歌メロ、ドスの効いたしゃがれ声が評判を呼び、2002年の2作目『Sing Sing Death House』がその年のエピタフ全体でもっとも好セールスを記録する。

ディスティラーズの2002年作『Sing Sing Death House』収録曲“The Young Crazed Peeling”

 一方、旦那との関係はというと、トランスプランツ作品に客演するなど表向きは順調そうに見えていたが、ランシド『Indestructible』(2003年)のレコーディングのためティムが家を留守にした間に彼女は離婚を決意。未練タラタラの元夫を横目に、ディスティラーズはサイアーへ移籍し、いつしかメディアはブロディのことを〈第2のコートニー〉と表するようになった。しかし、人気絶頂のなかバンドは解散を発表する。

  「解散時は絶望感に駆られたわ。だけど、インスピレーションが底をつき、みんな個々の道を進みはじめていたのよね」。

 

▼関連作品
左から、ディスティラーズの2000年作『The Distillers』、同2002年作『Sing Sing Death House』、トランスプランツの2002年作『Transplants』(すべてHellcat)、ディスティラーズの2003年作『Coral Fang』(Sire)

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4. 挫折を乗り越えたその先には……

 失意のなかにいたブロディを救ったのはジョシュ・オムだ。2003年に2人は交際をスタートし、第1子が誕生した翌2007年に結婚。夫の率いるクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジやイーグルス・オブ・デス・メタルの作品に客演しながら曲を書き溜め、ジョシュの右腕であるアライン・ヨハネスらとスピナレットを始動する。前バンド時代の代名詞だったスクリームは封印して、ここで歌い手としての新たな魅力を開花。曲調もラウドなものだけでなく、ニューウェイヴ × 60sポップ(つまりブロンディ風)に挑戦するなど、新章の幕開けを高らかに宣言した。

 スピナレットの2009年作『Spinnerette』収録曲“Baptized By Fire”

▼関連作品
左から、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジの2005年作『Lullabies To Paralyze』(Interscope)、スピナレットの2009年作『Spinnerette』(Anthem)

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5. 母として下した決断

 残念ながらスピナレットはアルバム1枚を残して空中分解してしまったが、それも子育てを優先させたいというブロディの思いがあってこそ。フランスのノスフェル、ブーツ・エレクトリック(イーグルス・オブ・デス・メタル)といったジョシュも関与するアルバムへの参加や、10代の頃からリスペクトしていたメリッサ・オフ・ダ・マーとの共演もありつつ、しばらくは音楽シーンから距離を置く日々が続いていく……。

メリッサ・オフ・ダ・マーの2010年作『Out Of Our Minds』収録曲“Out Of Our Minds”

▼関連作品
左から、ノスフェルの2009年作『Nosfell』(Polydor France)、メリッサ・オフ・ダ・マーの2010年作『Out Of Our Minds』(Roadrunner)

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6. ソロとしての再出発

 そんななか、突如『Diploid Love』のリリースが報じられる。数年前からソロ作の準備を進めていたようだが、2011年に第2子を授かったため作業は一時中断。育児の合間を縫い、盟友アラインのプロデュースのもと少しずつ完成に近付けていったものだ。

『Diploid Love』収録曲“Don’t Mess With Me”のライヴ映像

 結論から書くと、本作はキャリアの集大成であると同時に、彼女の未来を映し出した一枚でもある。ディスティラーズ譲りのファスト・パンクな冒頭2曲で往年のファンの心をしっかり掴み、中盤にグランジーなナンバーやストーナー系の曲を挿みつつ、ゴシックなムードのピアノ・バラード、80s調のシンセ・ポップ、エレクトリックなワルツ・ロックなど、曲が進むにつれてこれまで見せたことのない表情を次々に披露。ガービッジのシャーリー、ストロークスのニック、ウォーペイントのエミリーら錚々たるメンツのサポートも得て、やりたい音楽をトコトンやりきったという、ある種の清々しさすら聴き手に抱かせてくれる。

 最後に、これまでの35年間を一言で表現するとしたら?との問いに対して「幸運」と答えたブロディ。早くも次作への意欲を見せ、「いまはソロとしての方向しか見えない」と語る彼女の幸運な人生は、新たなピークに向かって走りはじめたばかりだ。

 

▼関連作品
左から、ガービッジの2012年作『Not Your Kind Of People』(Stunvolme)、ストロークスの2013年作『Comedown Machine』(RCA)、ウォーペイントの2014年作『Warpaint』(Rough Trade)

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