アデル『25』やビヨンセ『Lemonade』などと並び、第59回のグラミー賞で〈最優秀アルバム〉にノミネートされ、世界中から一気に注目を集めたスタージル・シンプソンというシンガー・ソングライターをご存知だろうか。昨年4月のリリース以来、じわじわと拡散していった彼のメジャー・デビュー・アルバム『A Sailor's Guide To Earth』は、現時点で全米チャート最高3位に付けるなど、確かに好成績を残している。とはいえ、グラミーに関しては本人にとっても青天の霹靂だったようで、〈まったく意味がわからない〉とSNS上に心情を吐露。いわゆるポップ・カントリーを歌っているわけでもない自分が、グラミーの主要部門にノミネートされるなんてあり得ない――そんなふうに考えていたらしい。そう、〈アウトロー・カントリー復権の旗手〉なる呼び声でその筋のコアなリスナーから愛されてきた彼が、米国音楽界の権威であるグラミーを沸かせたことは、事件と言っていいかもしれない。

STURGILL SIMPSON A Sailor's Guide To Earth Atlantic/ワーナー(2016)

 スタージルはこれをきっかけに、アメリカを代表するミュージシャンとしての新たな人生を歩むことになるだろう。そんなキャリアの分岐点である『A Sailor's Guide To Earth』が日本盤化されたのを受け、現在38歳のこの男の歩みを簡単に振り返りつつ、アルバムの魅力を紹介していきたいと思う。

 ケンタッキー州で生まれた彼は、高校の頃にドラッグの売買で逮捕されるなど、荒れた青春期を過ごしていたという。なんとかギリギリで学校を卒業すると、すぐさま実家を出て海軍に入隊。余談だが、日本の横須賀を含むアジア各地に配属された際の様子は、今作中の“Sea Stories”でも窺うことができる。そして除隊後にバンドを始めてみたものの、鳴かず飛ばず。一度は音楽の道を諦めかけたというが、一念発起してナッシュヴィルに引っ越し、ここからようやくスタージルの人生は好転しはじめる。移住して2年が経った2013年にファースト・アルバム『High Top Mountain』を自主リリース。余計な装飾を削ぎ落とした骨太かつトゥワンギーなサウンドが、〈60年代後半のウィリー・ネルソンを彷彿とさせる〉と一部で熱狂的に迎えられたのだった。

『A Sailor's Guide To Earth』は彼にとって3枚目のアルバムだ。サイケ・ロックファンクも採り入れた前作『Metamodern Sounds In Country Music』で味を占めたか、ここではダップ・キングスのホーン隊に協力を要請し、さらにその路線を追求している。ドゥワップへと展開するオープニングの“Welcome To Earth(Pollywog)”以下、汗が飛び散るリズム&ブルース“Keep It Between The Lines”や、コンテンポラリーなブルース・ロック“Brace For Impact(Live A Little)”などなど。なかでも最大の聴きどころは、優しいソウル・バラードにアレンジされたニルヴァーナ“In Bloom”のカヴァーだろう。

 愛する息子に人生の教訓を伝える――そんなコンセプトを掲げた今作を作る際、スタージルが自身の半生を振り返ったことは想像に難くない。両親の離婚問題に揺れるローティーン時代を支えてくれたという“In Bloom”を取り上げたのだって、息子にもそういう〈心の支え〉を見つけてほしいとの願いがきっと込められているはず。そして、我が子がこれから生きていかなければならない世界から、いまだに戦争がなくならないことを憂い、激しい口調で反戦を訴えるロックンロール“Call To Arms”にてこのアルバムは幕を閉じる。

〈まったく意味がわからない〉とスタージルが漏らしたグラミーへのノミネートは、この柔軟なサウンド・アプローチと、深い親心という普遍的なテーマが高く評価されたからこそ。でもこれは序章に過ぎない。ずいぶんと遠回りした遅咲きスターの大航海は、たったいま始まったばかりなのだから。

 

スタージル・シンプソン


78年生まれ、ケンタッキー出身のシンガー・ソングライター。両親の影響で幼い頃からカントリーやブルーグラスに親しんで育つ。2005年にブルーグラス・バンドのサンデー・ヴァリーを結成。2011年にナッシュヴィルへ移ってソロ活動を本格化させ、2013年にファースト・アルバム『High Top Mountain』を、翌年には2作目『Metamodern Sounds In Country Music』をリリースする。その後、ザック・ブラウン・バンドなどのツアー・サポートを経て、2016年4月にメジャー・デビュー・アルバム『A Sailor's Guide To Earth』(Atlantic/ワーナー)を発表。今年のグラミーで最優秀アルバム賞を含む2部門にノミネートされたのを受け、その日本盤がリリースされたばかり。