カントリー界きってのカッティング・エッジな〈アウトロー〉がサイケデリックでヘヴィーなサウンド+ヴィジョンに刻んだ、怒りと反骨のメッセージとは?

 スタージル・シンプソンは、アメリカのケンタッキー州ジャクソンで生まれたカントリー・シンガー。父親にブルーグラスやカントリーを聴かされてきた一方で、自主的にソウルやロックも嗜んだりと、幅広い嗜好を持っている。

 シンプソンの運命を変えた作品といえば、2016年のメジャー・デビュー・アルバム『A Sailor's Guide To Earth』だろう。ブルース・ロックやドゥワップの要素が滲む多彩なサウンドを鳴らすこの作品で、第59回グラミー賞の最優秀カントリー・アルバムを受賞し、最優秀アルバム賞にもノミネートされたのだ。これらの輝かしい功績は、シンプソンをカントリー・スターの座へ一気に押し上げた。

 ところが、カントリー界とは折り合いが良くないようだ。例えば、2017年にナッシュヴィルで行われたCMAアワード(カントリー・ミュージック協会賞)は、『A Sailor's Guide To Earth』をノミネートせず、シンプソンを会場に招待すらしなかった。加えて、トランプ政権や銃規制に関する質問をアワードの出演者にすれば、会場から締め出すという通達もしていた。カントリー・ファンにはアメリカの保守層が多いことを考慮したのが見え見えの措置である。

 そうした協会側の態度に、シンプソンは怒りを隠さなかった。アワードの会場前で路上ライヴを敢行し、その模様をFacebookで配信したのだ。ライヴでシンプソンは銃規制に賛同の意を示し、ドナルド・トランプ、同性愛差別、人種差別に反対する言葉も残している。発言はタイムやワシントンポストなど多くのメディアで報道され、CMAアワード以上の注目を集めた。

STURGILL SIMPSON Sound & Fury Elektra/ワーナー(2019)

 そんなシンプソンの最新作が『Sound & Fury』だ。タイトルをシェイクスピアの戯曲「マクベス」から引用したというそれは、カントリー色が薄いロックを鳴り響かせる。ヘヴィーでサイケデリックなサウンドスケープが際立ち、これまでのファンを驚かせる曲ばかりだ。特に惹かれた曲を挙げるなら、リード曲にもなった“Sing Along”だろうか。ナイン・インチ・ネイルズなどのインダストリアル・ロックを想起させる激しさがあり、シンプソンのロックな側面が花開いた良曲だ。“A Good Look”も素晴らしい。デヴィッド・ボウイ『Low』が一瞬脳裏によぎるメタリックなシンセ・サウンドに、ストイックな4つ打ちを刻むビートが重なるこの曲は、思わず体を揺らしてしまうニューウェイヴ・ディスコだ。強いて言えば、バラード・ナンバー“All Said And Done”はカントリーの匂いが漂う曲かもしれない。とはいえ、咽び泣くように響くブルージーなギター・ソロも交えた立体的音像はポスト・ロックの意匠を見い出せるもので、やはりカントリー色は薄めだ。

 歌詞は持ち前の反骨精神に溢れるものが多い。“Last Man Standing”ではショウビジネス界の腐敗をテーマに選び、“Mercury In Retrograde”はシンプソンが音楽界で味わった不快な出来事をモチーフにしている。さらに“A Good Look”は、ソーシャル・メディアでの自己アピールに腐心する人々を揶揄した歌だそうだ。個人的なことから社会的なことまで、取り上げる題材は実に多彩である。それらを表現するヴァラエティー豊かな言葉に、時折シニカルな笑いを混ぜているのもおもしろい。こうした芸当ができる余裕は、流石グラミー・アーティストといったところか。

 『Sound & Fury』といえば、同名のアニメ作品がNetflixで全世界配信されているのも大きなトピックだ。アニメはシンプソンによる原案をもとに、漫画家の岡崎能士など多くのクリエイターが関わって制作された。アルバムの全収録曲を映像で表現しており、SFのサブジャンルである終末もの的な世界観が描かれる。全体的には「アニマトリックス」や「カウボーイビバップ」といったアニメを彷彿とさせるが、広大な大地を車で走る冒頭のシーンは「マッドマックス」的だったりと、映画ファンがニヤリとできる描写も目立つ。アルバムのサウンドと同様、アニメもさまざまな影響源で彩られている。

 これまでシンプソンは〈アウトロー・カントリー〉の文脈で語られることが多かった。このジャンル名は、カントリーの保守性と距離を置き、ロックやジャズなどの他要素も積極的に採り入れたウィリー・ネルソンのような者をさす言葉だ。そういう意味でも、シンプソンをアウトロー・カントリーと形容するのは妥当だろう。『Sound & Fury』ではアニメの領域に足を踏み入れることで、音楽×アニメというメディアミックス的な手法を実現させ、表現者としてまた一歩進化したのだから。それを可能にする貪欲さと好奇心は、アウトロー・カントリーの精神そのものだ。

スタージル・シンプソンのアルバムを紹介。

 

スタージル・シンプソンの参加した近作。