北ドイツ放送エルプフィルハーモニー管弦楽団の新たな本拠地も1月にオープン!
快進撃は続く。11年8月末はフィンランドの首都に新設された〈ヘルシンキ音楽センター〉。国民的建築家アルヴァ・アールトの代表作の1つでありながら、音響的にはデッドでイマイチだったフィンランディア・ターロ(ホール)に代わるヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の新たな本拠である。13年5月はイスラエル。イスラエル・フィルハーモニックの本拠であるテルアビブのマン・オーディトリアムは1950年代の建物。音楽監督のメータによれば「乾いた音響だった」。そこで「豊田さんに〈何とかしてほしい〉とお願いした」。メータはもちろん、全面改修の結果に「満足している」。
同じ時期には弦の名器を制作したアントニオ・ストラディヴァリらが活躍したイタリア北部の街、クレモナに完成したヴァイオリン博物館と併設のホール(450席)も完成した。14年9月は中国の上海。1879年に発足したアジア最古のオーケストラ、上海交響楽団の新たな本拠地が開場。磯崎新氏が設計し、豊田氏が音響を担当した。翌月はいよいよ〈世界の豊田〉の仕掛け人ツィメルマンの母国、カトヴィツェにポーランド国立放送ホールが誕生。さらに11月にかけてはパリでルイ・ヴィトン財団美術館オーディトリアム、フランス国立放送局(ラジオ・フランス)オーディトリアム、翌年にはパリ管弦楽団の新しい本拠〈フィルハーモニー・ド・パリ〉を矢継ぎ早に完成させている。
最新作はドイツ北部の大都市、ハンブルクで今年1月にオープンした〈エルプフィルハーモニー・ハンブルク〉である。北ドイツ放送交響楽団の新たな本拠。完成に先立ち、楽団名も北ドイツ放送エルプフィルハーモニー管弦楽団に改称した。港町を象徴する赤レンガ倉庫の上に26階建てのガラス張りの建物を建て、12~23階の空間をホールに充てた。大ホールは2100席で、舞台を客席が360度囲むワインヤード型を採用。1月11日の記念演奏会にはガウク大統領、メルケル首相もそろって出席するなど、ドイツ全体の注目を集めた。続いて3月、首都ベルリンでは州立歌劇場終身音楽総監督のダニエル・バレンボイムが豊田氏に依頼した新しいコンサートホールの完成が控えている。
明治維新の文明開化で西洋音楽を本格的に導入する際、日本政府は主にドイツ語圏から指導者を招いた。150年近く経った今、〈世界一のコンサートホール大国〉(ヤンソンス)を実現した音響マエストロがドイツから招かれ、21世紀の演奏会場建設に大きな力を発揮する。日本人がクラシック音楽から授かった僥倖の恩返し。その先頭に、豊田氏は立っている。
豊田泰久(Yasuhisa Toyota)[1952-]
音響設計家。広島県福山市生まれ。広島大学附属福山高等学校卒業後、1972年に九州芸術工科大学音響設計学科に入学し、コンサートホールの音響設計技術を学ぶ。1977年、永田音響設計入社。同社ロサンゼルス事務所とパリ事務所の代表を務めている。
寄稿者プロフィール
池田卓夫(Takuo Ikeda)
1958年東京生まれ。81年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、全国紙の記者となる。88 ~ 92年、フランクフルト支局長だった時期に〈ベルリンの壁〉崩壊からドイツ統一、旧 ソ連解体までを現地から報道した。音楽の執筆は高校生で始め、86年から「音楽の友」誌、95年から「musée(現intxicate)」に寄稿してきた。