北米のヒップホップシーン全体を巻き込んだ、ラップによる争い=ビーフが大きな注目を集めている。ケンドリック・ラマーとドレイクという、現在のヒップホップを代表し象徴するアーティスト2人がお互いに曲を短期間で矢継ぎ早にリリースし続け、ディス合戦が繰り広げられた。現在は小康状態にあるが、そんな巨大なビーフでいま何が起こっているのか? ライターの市川タツキが状況を整理し、解説した。 *Mikiki編集部
ビッグ3なんてクソ――J. コールのディスと謝罪・撤回
2024年のUSヒップホップは大荒れだ。性的人身売買と性的虐待の容疑がかけられたパフ・ダディことディディの家宅捜索を含む逃亡劇、ミーガン・ザ・スタリオンとニッキー・ミナージュを主軸にしたフィメールラッパー同士のビーフ。そして極め付きは、激化するケンドリック・ラマーとドレイクによる今回のビーフだ。この現象に乗れるか乗れないか、その是非は一旦置いておくとして、現時点での状況整理をここではしていこうと思う。
ことの発端は、昨年10月にドレイクがリリースしたアルバム『For All The Dogs』に収録された“First Person Shooter”で、同曲に客演したJ. コールのヴァースだと言われている。
Love when they argue the hardest MC
Is it K-Dot? Is it Aubrey? Or me?
We the big three like we started a league
誰が最もやばいMCか議論したい
K・ドット(ケンドリック・ラマー)か? オーブリー(ドレイク)か? それとも俺か?
俺たちはビッグ3、同盟のようなものだ
J. コールはこのヴァースで、自身、ドレイク、ケンドリックを2010年代後半のビッグ3と言っているが、そのことにケンドリックが反論したのが今年だ。3月にリリースされた、フューチャーとメトロ・ブーミンによる両名義のアルバム『WE DON’T TRUST YOU』に収録されている楽曲“Like That”に客演したケンドリックは、自らのヴァースにて“First Person Shooter”の曲名を直接的に引用しつつ、ビッグ3に、自分が括られ、他の2人と並列に並べられたことについて、〈ビッグ3なんてクソくらえ、ただビッグな俺がいるだけだ〉と悪態をついている。
このヴァースに対してJ. コールも反撃。その2週間後にサプライズリリースしたミックステープ『Might Delete Later』にて、ケンドリックに対するディスを展開、収録曲“7 Minute Drill”では、最新のアルバム『Mr. Morale & The Big Steppers』(2022年)を最悪と吐き捨てるにまで至る。しかし、その2日後に開催されたドリームヴィル・フェスティバルにて、J. コールは同曲での彼のディスに対し公の場で謝罪。その後、まさにタイトル(〈あとで消すかも〉)通りになったというべきか、“7 Minute Drill”を、各種ストリーミングサービスから消去した(ただし、同じくケンドリックへのディスが含まれる楽曲“Pi”などはそのままである)。
過去にもノーネームとのビーフなど、何かとシーンを騒がせてきたJ. コールだが、今回に関しては、自ら身を引く形で、このビーフから離脱した(これにはケンドリックの旧友スクールボーイ・Qからのアドバイスもあったと報じられている)。同アルバム収録楽曲“Pi”での、トランスフォビックなラインも一部から批判を集めたが、そこへのエクスキューズが十分でないまま、ケンドリックへの謝罪と最も直接的な内容の“7 Minute Drill”の消去のみを行ったことに対して、引っ掛かりを感じるものも少なくはないだろう。