今年の〈サマソニ〉のラインナップで、個人的にもっとも心躍ったのがポンドの名前だった。オーストラリア・パース出身のサイケ・ロック・バンドである彼らは、2008年の結成以来、実に7枚ものフル・アルバムを発表している中堅だが、ここ日本ではまだカルト的な存在であることは否めない。ところが、コートニー・バーネットやジャグワー・マーらを擁するマラソン・アーティスツに移籍後初のリリースとなった最新作『The Weather』は、これまでの主戦場だったアンダーグラウンドから大文字の〈ポップ〉へと振り切った激キャッチーなサウンドが特徴で、バンドにとってもターニング・ポイントになり得る大傑作なのだ。そんなポンドの日本デビュー&初来日を祝して、本稿ではバンドの基本情報をざっくりとおさらいしつつ、『The Weather』の音楽的進化/変化を紐解いてみたいと思う。
テーム・インパラとはコインの裏表のような関係性
インディー・ロックのファンにとって、ポンドは〈テーム・インパラと仲が良いんだよね?〉と認識している程度だという人も多いかもしれない。実際、両者はコインの裏表のような関係で、インパラの頭脳にしてフロントマンであるケヴィン・パーカーは、ポンドの前身バンド=ミンク・マッスル・クリークからポンドの結成初期までドラマーを務めたほか、4作目の『Beard, Wives, Denim』(2012年)以降すべてのアルバムでプロデュース(時にはミックスも兼任)を買って出ている。
いっぽう、ポンドの中心人物であるニック・オールブルック(ヴォーカル/ギター/キーボード/フルート)は、インパラの前身となったディー・ディー・ダムスのライヴ・メンバーとして参加していただけでなく、2013年まではインパラの一員としてキーボードやベースを担当。彼がポンドに専念するためインパラを脱退した際は、逆にポンドのキャム・エイヴァリーが後任としてインパラに加入したり、マルチ・インストゥルメンタリストのガムことジェイ・ワトソンは今でも両バンドを掛け持ちしていたりと、インパラとポンドは持ちつ持たれつでお互いをサポートし合っているのだ。
ベックやマイケル・セラ直系のベビーフェイスの持ち主で、エキセントリックな髪型とファッションも目を引くニックだが、彼の生み出す音楽もまた言葉では言い表せないほど強烈。グラム・ロックもファンクもスペース・ロックもペロッと飲み込んだ異形のサイケ・ワールドは、前作『Man It Feels Like Space Again』(2015年)のリード・シングル“Zond”のキチ◯イじみたミュージック・ビデオを見てもらえれば、一発で脳裏に刻まれるはず。この胃もたれスレスレの〈つゆだく感〉こそが、ポンドの魅力だと言っても過言ではない。
皮肉たっぷりの歌詞と、猥雑なダンス・フィールに溢れたコンセプト作
今やオーストラリアが世界に誇るアリーナ・バンドとなったテーム・インパラが、未だに3枚しかフル・アルバムをリリースしていないことを鑑みれば、ポンドの通算7枚というペースはちょっと異常だ。その時々のムードや影響をすぐさま音に変換し、生き急ぐようにアウトプットしていくスタイルは、メルボルンのキング・ギザード&ザ・リザード・ウィザードや、米サンフランシスコのジー・オー・シーズらとも相通じるものがある。
しかし、今作『The Weather』は何かが違う。明らかに過去のディスコグラフィーよりも音が煮詰められているし、〈ヒット曲を世に送り出してやろう〉という気概をひしひしと感じるのだ。その証拠に、ニックはこの作品を〈世界の植民地都市を構成する、奇妙な矛盾にフォーカスしたコンセプト・アルバム〉と語っていて、核の脅威にさらされる現代人をユーモラスに歌った“30000 Megatons”をはじめ、〈地球でもっとも孤立した都市〉と形容される地元パースに対する複雑な想いを綴った“Edge Of The World”の二部作、あるいはマライア・キャリーのあの曲を元ネタに〈僕がクリスマスに欲しいのはタスカム388※)だけ!〉と宣言する“All I Want For Xmas (Is A Tascam 388)”まで、皮肉と固有名詞たっぷりでブチまけていく歌詞は文学賞もののおもしろさ。ぜひ歌詞対訳を手に聴き込んでみてほしい。
※オープンリールのテープレコーダー
もちろん、進化を遂げているのは言葉だけではない。アルバムからの先行カットにもなった“Sweep Me Off My Feet”は〈トレヴァー・ホーンとMGMTの出会い〉と呼べるほど軽妙なシンセ・ポップだし(でも、しれっと歌詞に〈ペニス〉というワードを混ぜ込んでくるあたりがポンドらしい)、トッド・ラングレン&ユートピアの“Cosmic Convoy”を素材としてサンプリング&ピッチシフトした“Paint Me Silver”が描き出すドラッギーな浮遊感は、テーム・インパラの『Currents』(2015年)と地続きにあると言えそうだ。
どうやらニックは『The Weather』の制作に当たって、マイケル・ジャクソン、ビースティ・ボーイズ、そしてレッド・ツェッペリンの3組をインスピレーション源としていたらしく、そういった影響がもっともわかりやすく露呈されているのが4曲目の“Colder Than Ice”だろう。かの“Thriller”を思わせる80sフレーヴァーなダンス・フィールは、ゲストに招かれた超個性派ヴォーカリスト、キリン・J・カリナンのエロティックな節回しも相まって新たな名曲の誕生を予感させる。
また、“Colder Than Ice”や“Zen Automaton”などで鳴り響くホーン・セクションには、フリーマントルの7人組ヒップホップ/ジャズ・グループとして知られるコイ・チャイルド(彼らの2016年のデビュー・アルバム『Koi Child』もケヴィン・パーカーが手がけている)のメンバーが参加。さらにクレジットに注目してみると、宅録女性シンガーのメイ・サラスワティや、パースでピアノ講師としても活動するジェイムズ・アイルランドらも客演……と、現在のオーストラリアの音楽シーンがいかに刺激的であるかの見取り図としても発見が多い。どことなくではあるが、アートワークに使用されている写真がインパラの出世作『Lonerism』(2012年)と構図が似ているのは偶然だろうか?
ちょうど5月1日に〈サマソニ〉のステージ割りがアナウンスされ、〈GARDEN STAGE〉への出演が決定したポンド。冷静に考えてみれば、ニックにとってはテーム・インパラのギタリストとして帯同した2009年の〈サマソニ〉以来のカムバックになるわけで(出番が東京オンリーなのは残念だが)、実は相当気合が入っているんじゃないかと予想している。
で、〈ポンドって一体どんなライヴすんのよ?〉と半信半疑な読者のために断言しておくと、マジで期待値を上げまくっておいてOKです。2年前にシンガポールの〈Laneway Festival〉で目撃したときは、まるでブラック・サバスとバットホール・サーファーズとマーズ・ヴォルタが同居したようなゴリッゴリの爆音に度肝を抜かれたのだけど、あの華奢なカラダに宿したニックのエモーショナルな歌声にも圧倒されたものだ。きっと、キャリア史上最高にキャッチーで踊れる『The Weather』を引っさげての〈サマソニ〉のパフォーマンスは、〈今年のベスト・アクト!〉という絶賛の声でSNSを埋め尽くすこと間違いなし。オーストラリアの最果てから、今まさにスターダムを駆け上がろうとするポンドの〈無敵モード〉を絶対にお見逃しなく。