京都を活動のベースにしながら地道に音楽を作り続けるシンガー・ソングライター、竹上久美子。2013年の妊娠/出産による活動休止以来、オリジナル・アルバムとしては実に6年ぶりの新作『slow boat』を8月8日(火)にリリースする。LLamaの吉岡哲志がサウンド、my letterのおざわさよこをアートワークと、両面でディレクターを固定した同作。Lainy J Groove やYeYeバンドでも活躍する浜田淳も制作チームに加わり、彼ら京都なじみの面々とのコラボレーションによって、テクノポップからアコースティックまでヴァリエーションに富んだサウンドとなっている。売れたかったという活動初期から、母になり、そしてまた歌に戻ってくるまで――人生のターニング・ポイントを迎えながら、〈いま、嘘をつかずに歌いたい〉と願う竹上の歌は優しく力強く響く。
そんな彼女の久しぶりの全国ツアーで東京公演のゲストに招かれたのがシンガー・ソングライターの岩崎愛だ。今回は両者の対談を実施。ともに関西出身で、互いのレコーディングに参加したりライヴで共演したりするなど浅からぬ縁を持つ2人だが、この日再会したのは4年ぶりとのこと。生きることに対して正直であろうとする気高い歌を歌う2人がいま語った、音楽をやり続けることの意味――竹上久美子と岩崎愛に話を訊いた。
子どもが大きくなって聴いたときに、嘘をついてると思われるようなことは歌わない
――今回、お話を伺うにあたっていろいろとリサーチしたんですが、お2人は2006年7月20日に大阪は南堀江Knaveというライヴハウスで〈あやつれ、さこん! vol.2~大阪もあやつれ!~〉というイヴェントに出演してますね。
岩崎「よく出てきましたね(笑)。私、高校生とかじゃないかな」
竹上「11年ぐらい前ですか? その頃はライヴをしまくってた時期です(笑)。愛ちゃんは、関西ではその頃から有名やったよね」
岩崎「そんなことないですよ(笑)」
竹上「いやいや(笑)。当時、私は京都の立命館大学の軽音楽部に所属してて、そこはUSインディーが最高みたいな、マニアックな音楽を好むサークルにいたからアングラな感じのライヴにばっかり出てたんですけど。そのとき一緒にやってたサポート・メンバーが〈もっと大阪で歌もののすごい人とやらなあかんで〉みたいなことを言ってくれて、そのライヴハウスのオーディションを受けたんです。で、イヴェントに出ることになった」
岩崎「でも、その頃は、私もめちゃめちゃライヴしてたから、正直あんまり覚えてないですね……(笑)」
竹上「私も(笑)。仲良くなったきっかけは、愛ちゃんになんかの用事で電話したんですよね。そのときに私が〈音楽活動があんまりうまくいってない〉って話をしたら、愛ちゃんも〈お互い苦労してますね〉みたいな話をしてくれて(笑)」
岩崎「私にとって竹上さんは同じシンガー・ソングライターでポップスやってて、その一線を行く人……〈先輩〉って感じでした」
――今回、竹上さんは6年ぶりのフル・アルバム『slow boat』をリリースされるわけですが、そもそもどうして6年もかかったんですか? 出産や妊娠はあったにせよ、シングルやEPはリリースしてましたよね。
竹上「一年ごとに配信限定シングルとかEPとかは出してたんですよ。だからそんなにぼーっとしてたわけじゃないんです。2012年ぐらいからこのアルバムにリミックス・ヴァージョンが収録されている“many many many”の初期アレンジを録りはじめていて。でも、2013年に出産して育児のための活動休止を経て、復帰してから音源は出していたけど、(アルバムに向かわなかったのは)やっぱりツアーをできなかったのがいちばん大きな理由ですかね。全国盤を出しても売り歩くことができないから、それだったら出さなくてもいいなって」
岩崎「いま、私の周りが出産ラッシュなんです。昔は子どもが苦手だったんですよ。自分が誰よりも子どもだったんで。いまもそういうところはあるんですけど、子どものことは可愛くなりましたね。おもしろいし」
竹上「やっぱり子ども産んで、大きく変わったのは歌もそうだけど歌詞ですね。子どもが大きくなって聴いたときに、嘘をついてるって思われるようなことは言いたくないなってのはありました。一般的に正しいとか正義だとされていることでも、本当は思ってないのなら、あんまり言わないように。ブレててもいいから正直な気持ちを伝えたいなと思って、書きましたね」
岩崎「大人になったときに、お母さんの歌詞を見返して〈ギュッ〉ってなるんやろうな、めっちゃいいな(笑)。私も歌詞を書くときは、これを聴いてズバッと来る人がいたらいいなと思って、明確な対象を思い浮かべて書いたりすることはありますね」
竹上「私は曲を漠然と作っていた時期があって、その頃は〈売れたい〉とか〈音楽で生活したい〉みたいな欲望だけで、顔も見えない大勢に向かって歌っていたんです。その頃の歌詞とかをいま見ると全然良くないんですよね。そんななか、あるとき地元の飲食店のテーマソングを作ってくれっていう依頼があって作ったら、すごくお客さんが喜んでくれて。結局、そういう具体的な歌の方が〈歌詞、すごく良かったです〉って言われることが多かったんです。いまは、あえて濁さずに私小説のように書いていきます。例えば“Yesterday’s Curry”では〈100円ローソン〉という言葉を入れているんですけど、別に100円ローソンを知らなくても、聴けばコンビニのことだなってわかるから、聴く人は勝手にそれをデイリーヤマザキなりセブンイレブンに変えて、自分の物語として補完してくれるんですよね」
岩崎「私は結構逆をいってるかもしれないです。濁すというか、普通に聴くと〈え、全然意味がわからん〉って歌詞をめざしてます。聴いた人たちそれぞれの解釈が変わるのがおもしろいなって思って」
――アルバムに先駆けて浜田淳さんをフィーチャーした“FESTIVAL”と“Lifework song”のミュージック・ビデオも公開されていますね。こちら岩崎さんはご覧になりましたか?
岩崎「“FESTIVAL”のMVを観たんですけど、浜田さんのことは私も知っていて。正直、彼が監督までやったって聞いたときはびっくりしたんですけど、めちゃくちゃいいですね!」
竹上「そうやんね、めちゃくちゃ多才(笑)」
岩崎「竹上さんとはレコーディングも一緒にやったことがあるし、知っていたつもりになっていたけど、今回はいい意味で〈変わったな〉って思いましたね」
竹上「ほんとそうで。昔だったら、浜ちゃんとの今回のコラボレーションみたいな形態は考えられなかったんですよ。いままではピアノの前に座って曲が思い浮かぶまでやるって感じだった。この曲はヴォーカルとマイクロコルグのシンセリフを録音したデータをまず浜ちゃんに送って、そこに浜ちゃんがリフの波形を変えた音やリズムをサンプリングして返してくる。そこに私がコーラスを重ねてまた送るみたいな手法で作っていて」
――いままで弾き語りをベースに作られていたのが、今回はもっとトラックを作るような感覚で作られていったという過程は、曲を聴いていてもすごくよくわかります。“roundabout”なんかは歪んだギターの音がグルーヴィーなビートの上に乗っていて、テクノポップやクラブ的なサウンドになっている。
竹上「この曲もCubaseで一回、リズムを組み立てたんですけど、共同プロデュースの吉岡さんがその素材を切ってさらにタイトに加工して、ビートを組んだんです。もともと持っていったのは温かみのあるリズムだったんですけど、カッコよく踊れる感じになりましたね」
岩崎「アレンジャーやコラボレーションを一緒にする人がアレンジを変えてくることに対しての抵抗はないんですか?」
竹上「実は〈えぇ!?〉って思うほうなんですけど、今回はすんなりいきましたね。たぶん、アルバムを出す前にシングルを出したり、コラボレーションしたり、自分がやりたい方向性が見えたうえでアルバムに関わってもらう人を選んだから良かったんだと思います」
岩崎「そうなんですね。私の場合は、昔っから自分の曲のアレンジの仕方がわかんなくて(笑)。最近、自分でもアレンジをやるようになってからだいぶ変わったんですけど、昔はミュージシャンを呼んで、その場で〈せーの〉でやってプレイバックを聴いて〈いいやん!〉〈以上、終わり〉みたいな(笑)」
竹上「愛ちゃんとレコーディングしたとき〈いい〉しか言ってくれないから、逆に不安になったこと思い出した(笑)」
岩崎「良くも悪くもその場の即席バンドで出来上がっちゃうやり方が多かったんですけど。そういうデータだけのやり取りで曲を作るのって、思ってもいない方向に曲が変化してくだろうから絶対におもしろいでしょうね。思い付いたアイデアをぜんぶ採り入れることができる」
竹上「愛ちゃんにもコメントをもらった前のアルバム(『助走とロンド』)では、キャロル・キングとかジョニ・ミッチェル的な要素というか、正統派なルーツ・ミュージックを基礎にした音楽をめざしたんですけど。その作品でそういう引き出しはぜんぶ出し切ってしまったんですよね。で、次どんなの作ろうかなぁって考えるうちに、自分はいろんな好きな音楽を採り入れたいんだなってことに気づいて。テクノもハードコアもプログレも好きだから、そういう要素をちょっとずついろんな人と共有しながら作っていくっていう方法を今回やってみたら、楽しくできたんです」