現在のための逸脱音楽と帰ってきたゴジラ伝説

 ヒカシューの新作、タイトルの『あんぐり』とは、現在のこの世界に対して怒っているのか、それとも呆れているのか、あるいは両方か。いやそのどちらでもなく、この世界にも〈着陸しない〉ヒカシューのスタンスを表していると言えるのではないか。

ヒカシュー あんぐり Makigami Records(2017)

 現在のポスト・インターネットと呼ばれる状況は、インターネットが極度に日常化し、二つの異なる世界だった現実空間とネット空間が重ね合わされ、相互補完関係になった世界を基盤にしたものである。そこで私たちは〈フィルター・バブル〉〈オルタナティヴ・ファクト〉などと呼ばれるような、個々のパーソナリティに最適化された、ある意味自分に都合のいい世界を構築し、その中で生きるようになってしまった。自身の趣味趣向から解析された(とされる)情報があてがわれ、単純化され、画一化されたツールのみを介したコミュニケーションによって、気がつけば自身の情報圏の中に閉ざされている。そうした現在の状況を、いかによりよく〈生きること〉に奉仕するように改善できるのか。

 それには、何よりまず規格化された音楽から逸脱することであると、このヒカシューの新作は提案しているように聞こえる。もちろん、彼らの作曲と即興との境界を取り払った、不定形、例外的、パタフィジックな音楽世界は以前より確立されているわけだが、今ヒカシューを聴くということは、この現在の私たちが囚われつつある状況から逸脱しなければいけない、という気持ちを強くさせるものがある。単に、いいね、では済まされない音楽だ。NYでの録音で、モリイクエ、井上誠も参加。

井上誠,ヒカシュー,チャランポランタン ゴジラ伝説 V キング(2017)

 その井上のライフワークである伊福部昭研究の成果である『ゴジラ伝説』は、1983年と84年に3枚のアルバムが発表され、2014年には新録音を含んだBOXセットが発表されている。そして、5作目は海外の人々にゴジラ映画音楽の魅力を紹介すべく、怪獣にまつわる曲によって構成されている。現在の先鋭ミュージシャンによって再演された、どこか汎アジア的な響きを持った楽曲は、怪獣たちや映画の秘めた魅力を伝える作品となっている。