祝! バンド活動40周年! ~ライヴでこそできることの記録・記憶~

 バンド活動を40年。それこそ4、50年前だったら、考えられない、想像しにくかったんじゃなかろうか。そもそもバンド−−ま、ロック系の、ね−−なるものが生まれて、さほど年月が経ってなかったんだから。

 ヒカシューが元気だ。昨2018年は活動40年。『20世紀BEST』『21世紀BEST』、二つのベスト盤がリリースされた。今年はといえば毎月吉祥寺Star Pine’s Cafeでライヴをやっている。そんなところに2枚組ライヴ盤『絶景』も。

ヒカシュー 絶景 MAKIGAMI RECORDS(2019)

 現時点で20枚をこえるオリジナル・アルバムのあるヒカシューだが、13枚目『あっちの目こっちの目』(1993)と14枚目『転々』(2006)のあいだには13年という空白期が。このあいだに世紀が変わり、テクノロジーが変わり、メンバーもすこし変わって、サウンドも変化しつづけた−−しつづけている。どういうものかは言い表せないけれど、「ヒカシュー(らし)さ」もちゃんと。ベスト盤は、だから、40年の変化のさまと変わらなさとをあとづける物証にはちがいない。しかもメジャーと呼ばれるバンド系カルチャーへの、カウンターでインディなバンドの歴史にもなっているんだな。

 「シンセサイザーがもの珍しく、リズムボックスをそのまま音楽に使うようなバンドはないころだった。ニューヨークやロンドンで、音楽がテクニックだけではなく、新しい考え方や、アイディア、衝動そのものを伝えることだという、ニューウェイヴやパンクの動きが、日々伝わって来ていた。それに呼応する形でバンドにしたのだった。巷に流れる小市民的な幸福を謳う歌や、やたら汗臭い男らしさばかり強調するロック、指が速く動くだけの無内容な音楽にうんざりもしていた」(「ヒカシューといのしし」)

 この文章が収められた巻上公一『声帯からの極楽』の刊行は1998年。ちょうどヒカシューのアルバムがでていない、かつ、ヒカシュー活動20年という時期。きっと巻上公一は、ところどころで“うんざり”するんだろう。ヒカシューのメンバーもみんなそうなんじゃないか。そして、この“うんざり”が新しいところへむかわせる。音楽を、音楽することを固定しない、曲づくりと即興がないまぜになるこのバンドが持続する。

 だから、だ。ライヴ盤『絶景』では、平沢進やあふりらんぽもおなじステージにあがり、スタジオで練られた曲もべつの人の曲も、より生き生きと、水を得た魚になってはねまわる。ライヴゆえの、ライヴでこそできることの記録・記憶。あ、個人的にはボーナストラック、KERA&伏見蛍によるヒカシュー&P-MODELメドレーって、いいんだよ。あは。