昨年12月にヒカシューは新作アルバムと、人気姉妹ユニットチャラン・ポ・ランタンとのコラボアルバムを発表し、その旺盛な創作意欲を改めて見せてくれた。『万感』と題されたアルバムの冒頭はヒカシュー版ファンク・チューン《目と目のネット》にて幕を開ける。作家であり、チョウ目の昆虫学者でもあったナボコフの名前を掲げた10分に渡るフリーキーなインプロ的楽曲では、タイトルの『万感』をヒカシュー流に音で具現化したかの如き。コミカルさとシリアスさが表裏一体の、巻上流スキャットが炸裂する《人間に帰りたい》《みえない関係(充電してる)》では、改めてヴォーカルパフォーマンスの表現力の強度に圧倒される。

ヒカシュー 万感 Makigami Records(2013)

※試聴はこちら 

 作曲と即興の配合を楽曲によって、また場合によっては1曲の内部に於いて縦横無尽に変化させて行く、その意味でこの最新作に収録されている楽曲は全て異なるフォームを内包しており、その試みこそヒカシューの個性だ。そして滑稽とも取れる巻上の言語感覚や、それを説得力を持って聴かせる凄まじい歌唱スキル。それはかつてジョン・ゾーンTzadikから発表した『KUCHINOHA』以降、世界中のフェスで百戦錬磨の将だけに、演劇的な芝居がかった語りから、ホーミーをも自分の手中に収めた倍音を使った発声、メレディス・モンクデヴィッド・モス的な、声によるノイズも多用した、世界でも類を見ない巻上だけの声のパレットだ。アヴァンギャルドな音楽性と卓越した演奏技術が、奇跡的なバランス感覚で成り立っており、尚且つそれをポップソングとして聴かせるヒカシューの力量に驚かされる。

 

チャラン・ポ・ランタン,ヒカシュー チャクラ開き ブリッジ(2013)

 そんなヒカシューの器量の大きい音楽性はチャラン・ポ・ランタン姉妹も容易に受け入れ、ヒカシューの『人間の顔』に収録された《天国を覗きたい》と、ザ・ピーナッツで有名なお馴染みのテーマソング《モスラの歌》をコラボ。ももの歌声と小春のアコーディオンが口琴やバスクラリネットが鳴り響くヒカシューサウンドと意外な程マッチしており、双方のファンに是非とも聴いて頂きたい素敵な仕上がりになっている。

【参考動画】チャラン・ポ・ランタンの2013作『悲喜劇』収録曲"最後の晩餐"