幸運のさきに響き出すもの
思いがけない便りのように届けられた、鈴木隆太郎のデビュー・アルバム。スイスのレーベル Clavesの録音で知られるジャン=クロード・ガブレルが立ち上げたLabel Gの第1弾としてリリースされたものだ。スカルラッティ、ラヴェルの《クープランの墓》、モーツァルトのイ短調ソナタ、リストの《ドン・ジョヴァンニの回想》を連ねたリサイタルCDは、随所に光彩を鏤めつつ、温かな音でていねいに語られている。
「運に運が重なって、本当にラッキーだったと思います。録音のときはまだ、僕がリリースする最初のアルバムだと知らなかったので、こういうプログラムを選べたのかもしれないですね」と鈴木隆太郎は言う。
人と人の縁が繋がるように、このCDを編み出していった。パスカル・ロジェからグシュタートでの音楽祭に招かれたのが2016年。その関係者からプロモーション用にCDをつくろうと言われ、1年ほど経って、好きなプログラムをもってくるようにとメールがきた。その後、録音を手がけたガブレルに、自分の新しいラインから出さないかと提案を受けた。「ガブレルさんとはお互いに音楽的に共感できるところがあったのだと思います。音楽の流れを途切らせないようにして、思いきり弾き、そこからCDを創っていきました」。
私が初めて鈴木隆太郎に会ったのは、パリ国立高等音楽院のブルーノ・リグットのクラス。2010年の早春で、リグットからぜひ教室をみにきて、と言われたときだった。「ピアニストとしてのたいへんさをわかりつつ、職業としてやっていくし、やっていけると思ったのが、ちょうどその頃でしたね」。90年鎌倉生まれの彼が、栄光学園高校を卒業後、パリを選んだのは師との出会いがあったから。「まずはタッチですね。音から出る雰囲気、ピアノでできる可能性の幅を発見させてくれた先生がリグットだと思います」。後任のオルタンス・カルティエ=ブレッソンには「音楽の組み立てかた」を、続いてミシェル・ベロフとダルベルトから「主張すること、自分の考えを怖がらずに出すこと」を学んだ。2015年からはフィレンツェでエリソ・ヴィルサラーゼに師事。「学びたいのはやっぱり、レガートですね。歌に直結してくるレガート。また、技術的なポイントも具体的に示してくれます」。
パリ留学の約10年目に訪れたCDデビューの幸運。28歳になったばかりのピアニストは、いまショパンを、それからロシア音楽も深めていきたいと語る。「ひとことで言うなら、僕の追求する音はなにかを語る音なんだろうと思います。ピアニストは音楽を媒介し、人に伝える者。だけど、あくまでもそのなかに自分という強いフィルターが入る、そういうイメージです」。
LIVE INFORMATION
第172回表参道ピアノ・サロンコンサート 鈴木隆太郎
○9月26日(水) 19:00開演
会場:東京・カワイ表参道
鈴木隆太郎ピアノリサイタル
○9月28日(金) 17:00開演
会場:鎌倉生涯学習センター(きらら鎌倉)