デビュー作『街の色』から1年4か月、阿佐ヶ谷ロマンティクスからニュー・アルバム『灯がともる頃には』が届けられた。軽妙洒脱なポップネスはそのままに、ソングライティングは洗練され、グルーヴはより強力に。それは以下のインタヴューで、(カヴァー曲を除く)全曲の作詞作曲を担う貴志朋矢(ギター)が「聴きごたえを求めた」と語っている通りで、その意志がそのまま作品に結実していることが確かに感じられる。

シャムキャッツの夏目知幸が所属していたことでも知られる早稲田大学のサークル、中南米研究会を出発点とする阿佐ヶ谷ロマンティクス。出自を活かした中米~カリブ海的なリズムとJ-Pop的な旋律とが融け合った彼/彼女たちの音楽は、独自のものでありながらも、この国の歌謡史に連なるその最前線だとも言えるだろう。そのユニークな立ち位置は、安易な市場用語と化した〈シティ・ポップ〉のラべルを貼られようがまったく揺るがない。そのようにカテゴライズされることで露わになるのは、むしろバンドの核――〈ポップ・ミュージック〉というコンセプトだろう。

バンドとしての一体感が増した〈理想的なセカンド・アルバム〉と言って差し支えない本作について、貴志と古谷理恵(ドラムス)、堀智史(キーボード)に話を訊いた(ヴォーカルの有坂朋恵は欠席)。謙虚さが感じられる穏やかな口ぶりで、淡々と語る3人の言葉からは、秘めたる情熱と音楽への愛がひしひしと伝わってきた。

阿佐ヶ谷ロマンティクス 灯がともる頃には P-VINE(2018)

今回は聴きごたえを求めました

――『灯がともる頃には』というアルバムのコンセプトはどういったものなんですか?

貴志朋矢「最初、みんなにしきりに言ってたのが〈saudade(サウダージ)〉だったんです。〈ノスタルジー〉とか、そういう表現らしいんですけど。ちょうどブラジル音楽にハマってるときだったので、ポルトガル語をちょっと勉強してたんです。〈サウダージ〉ってかなり翻訳しにくいワードらしいんですね。いろいろな用例があって、例えば、〈昔食べたご飯がおいしかったな〉って思う感情も〈サウダージ〉らしいんです(笑)」

一同「(笑)」

貴志「〈好きだった子がどこか遠くへ行ってしまった〉っていうのも〈サウダージ〉で表現できるらしいんです。〈サウダージ〉っていう言葉に込められた大枠の、最大公約数的なところを切り取ったアルバムにしたいなっていうのがありました。

タイトルを『灯がともる頃には』としたんですけど、前作(『街の色』)に“春は遠く夕焼けに”という曲があって、そこから一歩進んだということを表現したかったんです。ジャケットもそうで、夕日が沈んで、夜になるまでの青い時間があるじゃないですか。〈ブルー・モーメント〉っていうらしんですけど、それをイメージしてイラストレーターのイケガミヨリユキさんに描いてもらいました」

『灯がともる頃には』収録曲“君の待つ方へ”
 

――阿佐ヶ谷ロマンティクス(以下、阿佐ヶ谷)は、昨年1月にファースト・アルバム『街の色』をリリースしていて、その1年後にはこうしてセカンドを発表しているということで、順調なペースで作品を出していますよね。それは、次の作品もちゃんと出そうという意識があったからですか?

貴志「そうですね。出してから2、3か月は何も曲は作っていなかったんですけど」

――言い換えれば、2、3か月後には新曲を作ろうというモードにはなっていたわけですよね?

貴志「そうですね」

堀智史「〈1年経つ前には2作目を出そう〉という感じだったんですけど……」

貴志「曲の完成が追いつかなくて(笑)。でも、1、2曲作っていくなかで、方向性が固まっていった感じはありました。いままでは〈軽いポップス〉じゃないですけど、自分の作曲技量が足りなかったのもあって、打算的な曲の作り方をしていたんです。でも、今回はちゃんとコード感から構成、メロディーまでしっかり練って。リズムやベースをはっきりと立たせて、その上にウワモノが乗っている、どちらかというと重心が重い曲が出来ました」

――確かに、『灯がともる頃には』を聴いて、ベースの音がファットで大きいなと思いました。

貴志「前作はちょっとイージー・リスニング的な、重くないアルバムにしたいなと思っていたんです。でも、今回はミックスとかで、一曲一曲ちゃんと聴きごたえがあるようにはしました」

2017年作『街の色』収録曲“所縁”
 

――〈軽いポップス〉という言葉も出ましたが、イージー・リスニング的なものを作りたかったというのもユニークですよね。表現への欲望やプレイヤーのエゴを出そうとはしないんですか?

貴志「僕の音楽の聴き方として、気に入ったら一日それをずっと聴いていられるんです。なので、イージー・リスニングと言うと言い方が悪いかもしれないんですけど、前作は飽きのこないミックスにしたかったんです」

――イージー・リスニングとして消費されてしまうことへの恐れはないんですか?

貴志「消費されたくないなとは、もちろん思います。なので、今回は聴きごたえを求めました。サウンドも変にいまふうの綺麗な音にしたくなくて。エンジニアにも〈汚して欲しい〉とけっこう言いましたね。ドラムの音もかなりミュートしたりして、一切リヴァーブが鳴らないような、スパッとした音にしたり。5年後、10年後まで、長期的なスパンで聴けるような音楽にしたいなと思っていました」

――前作から音作りの方向性が変わったのは、貴志さんの意識の変化なんですか?

貴志「も、ありますし、たぶん、みんなのなかでもそうなんじゃないかなと思ってますけど……どう(笑)?」

古谷理恵「わかるよ(笑)」

貴志「今回、エンジニアを藤城真人くんっていう旧友に頼んだんです」

古谷「元・(早稲田大学)中南(米研究会)なんです」

貴志「彼に甘えた部分もありました。本当にイチから、こうしたいって言って。一回出来上がったものも、〈やっぱりこうしたい〉っていうわがままに応えてもらうこともできたんです」

 

速い曲を作れば、もっと制作費が出るよ(笑)

 

――ボトムはしっかりしましたが、前作の軽い聴き心地は失われていませんよね。

貴志「制作期間はロー・ボルジェスとか、いわゆるミナス派と言われるような音楽を聴いてたんです。彼らの音楽って重心がちゃんとしてるんですけど、すごく聴きやすくて、軽やかで。それは影響を受けたのかもしれないですね」

――なるほど。阿佐ヶ谷の音楽からは、レコ屋でレコードを掘っているような渋さを感じます。やっぱりみなさん、リスナー気質なんですか?

「みんな嗜好がバラバラなんです」

ロー・ボルジェスの79年作『A Via Lactea』収録曲“Clube Da Esquina No 2”
 

――貴志さんの嗜好に寄るということはないんですか?

貴志「どうなんですかね……。曲の大枠を自分が作って、スタジオに入って……」

古谷「とりあえず合わせて」

貴志「僕は練習音源を聴くのが大好きなんです(笑)」

古谷「ふふふ(笑)。めっちゃ聴くよね。前回と違うってすっごい怒られるんです」

貴志「あはは(笑)! なので、良いところは切り取って、そこに肉付けしてく感じですね」

――ということは、やはり最終的には貴志さんがコントロールする?

貴志「今回はしたと思います(笑)」

――ファースト・アルバムを聴いたとき、カリブ海のビートと洗練されたソングライティング、親しみやすいメロディーが組み合わさっていることが発明的だと思いました。ファーストでは若干、ウワモノとボトムの部分とが乖離している感じがありましたが、今回はうまく融合しているように思いました。

貴志「PVを撮ってもらった城(真也)くんに〈阿佐ヶ谷はワン・ドロップに特化しないよね。その理由って何?〉って訊かれたんです。僕の曲がけっこうコードを多用しちゃっているので、ジャマイカ音楽のシンプルなコード感とは合わない部分があるんです。前作では気にせず、とりあえずワン・ドロップでやってました。でも、古谷にも考えてもらったりして、どうしたらいいのかなっていうのを1年間考えてたら、このアルバムになったというか(笑)」

※レゲエの典型的なドラム・ビートのひとつで、3拍目にアクセントがあるパターン
 

――演奏をすり合わせていったことは、本作からはすごく感じられます。では、具体的な楽曲についてお伺いしたいのですが、リード・ソングにもなっている“君の待つ方へ”は、どのようにして生まれたんですか?

貴志「自分たちの曲のテンポって、遅いんです。それで固まっちゃってる傾向があったんですけど、レーベルから……」

――〈速い曲を作って〉と(笑)。

「まさにそうです(笑)」

古谷「ふふふ(笑)」

貴志「〈速い曲を作ってもらえれば、もうちょっと制作費が出るよ〉って言われて(笑)」

一同「(笑)」

貴志「いや、それは冗談ですけど(笑)」

古谷「だから、徹底的に速くしようってなって、これでどうだ!?みたいな(笑)」

「って言っても、そんなに速くはないんですけどね(笑)。アップテンポではあるんですが」

貴志「1コーラス分くらいのコード進行は出来てたんですけど、なかなかリズムが決まらなくて。自分たちはスカをやっておきながら、けっこうスカには疎いんですよね。でも、あえてスカをやってみようって思ったんです。やってみたらハマったので、そこからバーッて書けました。最後に(佐藤)剛志から〈良い曲なのに、イントロが良くない〉っていう指摘があって(笑)。なので、イントロ部を改良して完成しました。

だから、みんなの意見が合わさって出来たような曲なんです。曲の構成もうまくいってると思います。サビが全面に出ていて、でも、その前後にあるパートが全部違うという構成になっているんです。そこはうまく〈飽きのこない〉というか、良い意味でサビに特化しない曲になったかなと」

※バンド結成時から〈にぎやか師〉として関わる友人
 

――“君の待つ方へ”のように、リズムのパターンに迷った曲はあるんですか?

「迷いまくりですね」

古谷「まくるよね」

――いろいろなパターンを試す?

貴志「けっこう試しますね」

――バンドの出自も関係しているのでしょうけど、リズム・パターンの引き出しをたくさん持っているのは阿佐ヶ谷の強みだと思うんです。元のかたちから大きく変わった曲はありますか?

貴志「“灯がともる頃には”かなあ。去年の7月にプリレコをやって、そのときはかなり遅い曲だったんです。でも、サビのキーボードのフレーズを活かすためには、もうちょっとテンポを上げたほうがいいんじゃないかっていう話になって。そこからBPMを15ぐらい上げたよね」

「昨年、メンバーだったギタリストが辞めて、みんなのやることが増えて、試行錯誤してた時期の曲なんです。あの頃に作った曲は、右往左往してる感じがあるよね(笑)」

古谷「“ひとなつ”は?」

「3年前ぐらいに出来た曲なんです」

貴志「メロディーとか歌詞とかは全然変わっていないんですけど、ドラムのパターンだけ変えたんです」

古谷「実はこれ、四人囃子のドラムがやりたかったんです(笑)」

――えっ、四人囃子(笑)!?

古谷「一時期ハマってて(笑)。 “空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ”って曲をちょっと意識してました。“逢いに行けば”は、アラバマ・シェイクスをすごく聴いてて、このフレーズがやりたいからってやってたら、全然違う曲になったっていう(笑)」

四人囃子の75年の楽曲“空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ”
 

――ロー・ボルジェス、四人囃子、アラバマ・シェイクスと、挙げられる固有名詞がバラバラですね(笑)。

「それをどうまとめよう?みたいな(笑)」

貴志「フィルターの掛け合いみたいなね(笑)」

古谷「そうそう(笑)」

「微妙に重なり合うところをちょっと濃くしていって、みたいな」

――でも、それでも聴き心地が良いポップ・ミュージックになるのがすごいと思います。普通だったら〈闇鍋〉のようになってしまう。そうならないのは、プレイヤーとしてテクニックがあり、貴志さんのヴィジョンがはっきりしているからなのかなと。

貴志「みんな優しいので(笑)。〈こうしたい〉っていうのは、みんなあるんです。でも、〈いや、この曲はこうしたい〉って僕が言うと、やりたいことを30パーセントぐらいで妥協してくれるんです」

古谷「でも、妥協して良くなるので、そこは信頼して〈はい!〉ってやってます(笑)」

貴志「みんなちゃんと分析してくれるので、助かってます。アレンジに関しては、みんなにおんぶにだっこみたいな感じですね」

――それは、メンバーの関係性が良いということですよね。バンド内の力学がうまくはたらいているのでは?

貴志「最近は良い感じですね。やっとかたちになった(笑)。4年目にしてやっと(笑)」

 

阿佐ヶ谷には〈ポップ・ミュージック〉というテーマがまず前提にあるんです

――最初のほうで〈表現への欲望やプレイヤーのエゴ〉についてお訊きしましたが、それらが一旦クールダウンされて提出されているような、阿佐ヶ谷というバンドの音楽の秘密がわかってきたような気がします。それが〈優しさ〉なんだと。

貴志「そうかもしれないですね(笑)。阿佐ヶ谷を始めたときは〈ポップ・ミュージック〉っていうテーマがあって、それがまず前提にあるんです。そこから逸脱しすぎない音楽っていうのは意識してます。聴いてる音楽、嗜好する音楽はそれぞれ違いつつも、ベン図のように重なり合う部分があって、そこを追求してる感じですね」

――〈ポップ・ミュージック〉という志向性がリスナーに伝わっている実感はありますか?

貴志「そうですね。普段のライヴは夜が多いんですけど、去年の秋、代々木公園の〈earth garden〉に出たとき、出番がお昼ぐらいだったんです。終わった後、物販に親子連れの方が来てくれることが多くて。〈子供がいるので、普段ライヴに行けないんです〉って声をかけてくれる方もいました。そう考えると、やっぱり〈昼イヴェント〉をやってて良かったなって」

――自主イヴェント〈初秋のロマンティック〉(2017年9月3日)と〈春分のロマンティック〉(2018年3月21日)のことですね。

貴志「自分たちは社会人で働いているので、〈休日のお昼時〉って貴重な時間なんです。本当に〈のんびりと〉というか、音楽だけを楽しめるイヴェントにしています。なので、転換中はゆっくり休んでほしい。DJとかも入れず、自分たちがBGMを選んで、会話しやすいような音量で流すようにしています」

古谷「座りでね。椅子を出してるんです」

「お客さんにはわりとご年配の方もいて……むしろ、そういう方のほうが多いかな(笑)」

貴志「平均年齢は30代後半くらいかもしれないですね」

古谷「でも、けっこう若い女の子も物販に来てくれるよ。それはうれしいですね」

貴志「確かにね」

――それだけ幅広い層に受け入れられる音楽を作っているというのはすごいことだと思います。貴志さんはどうして〈ポップ・ミュージック〉を志向するんですか?

貴志「例えば、レゲエだったら、ボブ・マーリーとピーター・トッシュが二大巨頭でいますよね。ピーター・トッシュはダークでルーツなレゲエに寄ってて、ボブ・マーリーはもっと大衆的な、みんなが聴きやすいレゲエをやった。僕はボブ・マーリーの音楽のほうが好きなんですよ。

あと、ジャマイカの音楽ではロックステディが好きなんですけど、ビートはどの曲もあまり変わらないんです。ロックステディはコーラス・グループがやっている曲が多いんですね。だから、メロディーが良いものが多くて。そう考えると、やっぱりそういうのに繋がってくのかな。メロディーがちゃんと良いものとしてあって、みんなが聴きやすい音楽が好きなのかな」

古谷「有坂(朋恵)が歌うことによって、ポップになるっていうのはあると思うんです」

――というと?

古谷「揺るぎないというか、聴きやすい声をしてるので」

貴志「彼女がいちばん〈ポップ人間〉かもね。この前のイヴェントのBGMで有坂が選んでいたのが、CoccoのSINGER SONGERで。あと、スピッツが大好きなんです」

――言われてみれば、〈新木場サンセット〉に阿佐ヶ谷が出ていてもおかしくありません。有坂さんのヴォーカルもファーストよりぐっと良くなりましたよね。

貴志「ギタリストが抜けて、ギターが一本なくなったことによって、音の量が必然的に少なくなったんです。そうなったときに、やっぱり有坂がそれを意識したのかなって感じてて」

――有坂さんがヴォーカリゼーションでカヴァーした?

貴志「そうですね。ステージでの佇まいとかも、ちょっとずつ変わってきているなっていうのは感じてますね。堂々としてきてます。でも、まだ恥ずかしがってるときもあるよね(笑)? そこも有坂の良さなのかな。親しみやすいっていう」

――録音のとき、貴志さんは有坂さんの歌をガイドするんですか?

貴志「有坂は逆に、僕に〈どう歌えばいいんですか?〉って訊いてきますね」

古谷「有坂は、〈自分はミステリー・ハンターだ〉って言ってました。曲の紹介をする案内人みたいな人だって。それに私はけっこうグッときて。ああ、なるほどなって。でも、たまに感情が入ってしまう瞬間がすごく良かったりもするんです(笑)」

貴志「〈ストーリーテラー〉みたいな人なのかもしれないね」

古谷「そうそう。うんうん」

貴志「有坂には曲の雰囲気をちゃんと伝えることが多くなりましたね。いままでは〈自分で考えて〉ってなっちゃってたんですけど。有坂が訊いてくるっていうのもあって、二人で〈どうやって歌えばいいのかな?〉って話すことが増えてる気がします」

――それが良いかたちで作品に反映できた?

貴志「そうですね」

 


Live Information
〈阿佐ヶ谷ロマンティクス presents 《真夏のロマンティック》〉

8月4日(土) 東京・下北沢 mona records
開場/開演:11:45/12:15
共演:見汐麻衣(バンド・セット)
予約先:asagayaromantics@gmail.com (※お名前、枚数を明記のうえ、メールをお送りください)

〈阿佐ヶ谷ロマンティクス 2ndアルバム 『灯がともる頃には』リリースツアー〉
2018年5月20日(日) 東京・渋谷 TSUTAYA O-nest
共演:バスクのスポーツ
開場/開演:17:30/18:30
前売り/当日:2,500円/3,000円(ドリンク代別)
ぴあ:Pコード【115-533】
ローソン:Lコード【70755】
e+:http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002258543P0030001

2018年6月2日(土) 愛知・名古屋 KDハポン
共演:次松大助(THE MICETEETH)
開場/開演:18:00/19:00
前売り/当日: 2,500円/3,000円(ドリンク代別)
予約・お問い合わせ:http://www2.odn.ne.jp/kdjapon/