市川海老蔵主演の「源氏物語」にも出演! オペラと他の芸術とのコラボレーションから感動を体験してもらいたい

 今年7月の1か月間、歌舞伎座で上演された市川海老蔵主演の「源氏物語」に、〈闇の精霊〉役で出演したアンソニー・ロス・コスタンツォ。海老蔵扮する光源氏の心の叫びを、透明で妖しいカウンターテナーの声で表現して大きな話題を呼んだ。コスタンツォはアメリカのノース・カロライナ出身。11歳からボーイソプラノとしてブロードウェイにも出演し、2012年にドミンゴ主宰のオペラリア国際声楽コンクールに優勝、メトロポリタン歌劇場にも何度か出演している、いま旬のカウンターテナー。さらに映画出演や他ジャンルのアーティストたちとコラボレーションも行う、マルチな才人でもある。その彼のデビュー盤となる『オンブラ・マイ・フ~ヘンデル&グラス アリア集』が発売された。300年の時を超えたヘンデルとフィリップ・グラスの曲が並列される超異色なアルバムだ。

 「ある意味では実験でもありました。デビュー盤なのでパーソナルなものにしたかった。自分の活動は半分がバロックで、半分は現代音楽。この両極端を代表する作曲家として二人を選びました。ヘンデルは私の技術と芸術性を確かなものにしてくれた。グラスはオペラ『浜辺のアインシュタイン』を見て、強い衝撃を受けた。そして彼のオペラ『アクナーテン』に主演し、その音楽における姿勢に大きく影響を受けました。ヘンデルは私を育ててくれた作曲家、グラスは私を変えてくれた作曲家です」

ANTHONY ROTH COSTANZO 『オンブラ・マイ・フ ~ヘンデル&グラス アリア集』 Decca/ユニバーサル(2018)

 交互に歌われる曲は少しの違和感もなく、逆に二人の隠れた魅力を再発見させることになった。

 「歌ってみると二人には音楽的に共通点がたくさんありました。ヘンデルはダ・カーポ・アリアがあり、テキストの繰り返しが多い。グラスは音楽を繰り返す。二人ともその反復は、人間の精神的な面をはがしていくという共通点がある。二人とも明確なハーモニーがあり、そこから感情が生まれてくる。2つを並べて聴くと、これはどっちかな、と思う。とくにグラスは苦手と言っていた人が、〈けっこう面白いじゃない〉と言ってくれた。選曲に当たって、グラスが声のために書いた曲を全て研究し、自分が表現できるアリアを5曲選びました。グラスの曲はみんな同じと思っている人もいるけど、非常に幅広いジャンルにわたる。彼の作品は映画やCMにも使われていますが、シリアスな作曲家であり、決して自分の音楽に妥協しません」

 コスタンツォのキャリアの上で、大成功を収めたのがグラスのオペラ「アクナーテン」。ロンドンのENOとロサンジェルス・オペラで上演され、話題を呼んだ。アルバム最後の曲“太陽讃歌”は「アクナーテン」のメインとなるアリア。

 「この曲で最後を締めくくりたかった。実際の上演では髪を完全に剃り、体毛も全てワックスで剃り、最初に舞台に登場するときは全裸になる。昔のエジプトでは髪の毛は悪だと信じられていたので、儀式のときは全て取り除かないといけない。実際にそうすると、儀式のように異なる次元に入り込み、自分が全裸とは感じなかった。来年2~3月にENOで再演、来年秋にはメトロポリタン歌劇場での上演が決まりました。日本でも上演できたらいいのですが」

 歌舞伎座での海老蔵との共演、俳優として映画「ジャンヌのパリ、そしてアメリカ」に出演するなど、多岐にわたる活動については確固たる理念を持っている。

 「カウンターテナーは稀な声域なので、活動は限られている。自分の道を自分で切り開くしかない。プロジェクトを考え、他の芸術とのコラボレーションを企画する。オペラの聴衆は減っているので、新しい聴衆を獲得するためには他ジャンルと共演し、声の美しさや感動を体験してもらうことが重要です。海老蔵さんとの共演も最初は2014年、京都でした。彼にマリア・カラスやパヴァロッティを聴いてもらうことで、オペラに理解を深めてもらい、自分も歌舞伎の世界を知り、大きな影響を受けました。今回は46000枚ほどチケットが売れ、その半数ほどがオペラを聴いたことがない人。そういう人が将来、オペラに興味を持ってくれるかもしれない。音楽の質を下げずに、クラシックの軸に自分をおきながら、間口を広げて他ジャンルとのコラボを続けたい。それが自分の目標です。新作『オンブラ・マイ・フ~ヘンデル&グラス アリア集』のジャケットも、カニエ・ウエストのジャケットでも有名な、アメリカで最も人気のある現代アーティストのジョージ・コンドに描いてもらったんですよ」

 


アンソニー・ロス・コンスタンツォ (Anthony Roth Constanzo)
カウンターテナー。11歳でプロとしてパフォーマンスを始め、以来オペラ、コンサート、リサイタル、映画、ブロードウェイなど、数々の舞台を踏んできた。プリンストン大学を極めて優秀な成績で卒業し、ファイ・ベータ・カッパに所属。大学では、芸術における優れた業績を上げた学生に授与されるルイス・サドラー賞を受賞。14歳のとき、ルチアーノ・パヴァロッティと「トスカ」の羊飼い役で共演「ねじの回転」のマイルズを演じ、オペラでのキャリアをスタートさせる。2012年には、プラシド・ドミンゴ国際オペラコンクール〈オペラリア〉で優勝を果たしている。