3年前の結成以来初の海外公演を、先日ここ日本で敢行し、〈今後の世界進出の布石を打った〉と豪語して健全な野心を覗かせるのは、リヴァプール出身の新人バンド、スピンである。8曲入りの日本デビューEP『Yer Dar』(リヴァプールのスラングでYes, Darlingを意味するそうだ)をリリースしたばかりのこの4ピース――ジョナサン・クイン(ヴォーカル)、アンディ・パワー(ギター/キーボード)、ショーン・マクラクラン(ベース)、ルイ・オライリー(ドラムス)――は、〈ジャングリー・ドリーム・ポップの好事家〉を自称。スミスやキュアーら、ポストパンク期のバンドの影響が色濃いギター・ロックを志向する音楽性はすでに紹介した通りだ。
ともすると繊細で〈可愛らしい〉印象を与えかねない彼らだが、10月26日に東京・新代田FEVERで開催された来日ライヴでは、思いのほかタフなアンサンブルを披露。リズム隊はファンキーで太いグルーヴを刻み、アンディは1本のギターからこれでもかとクリアで美しい音を放出し、ジョナサンは細長い体躯を折り曲げるようにして踊りながら、ほろ苦いラヴソングを次々に披露。国内で精力的に行っているツアー活動の成果を存分に見せつけたものだ。
そんな来日のさなか、〈時差ボケが辛くて〉と言いながらも、4人は結成からの歩みを賑やかに聞かせてくれた。
ミック・ジャガーとモリッシーをミックスしたダンス
――昨日のライヴ、最高でした。ジョナサンが、ステージでもPVのなかでも披露するユニークなダンスのインスピレーション源は?
ジョナサン・クイン(ヴォーカル)「これまで誰にも訊かれたことがないから、どう説明したらいいのかわからないんだけど(笑)、注目してもらうにはクレイジーに振る舞うしかないだろ? ミック・ジャガーとモリッシーをミックスしていて、緊張しないようにするための方策でもあるんだ」
アンディ・パワー(ギター/キーボード)「踊りはじめたのはつい7~8カ月前なんだよ。それまではギターを弾いていたから」
ショーン・マクラクラン(ベース)「それがヘタクソでね(笑)」
ジョナサン「だから弾くのをやめたんだけど、代わりに何かしなくちゃって思ったのさ」
ルイ・オライリー(ドラムス)「でもギターを弾かなくなってから、声で積極的に実験するようになって、表現の幅を広げたと思うよ」
ジョナサン「確かにそうだ! ファルセットで歌いはじめたのも、ギターを弾かなくなってからだし」
――今日はバンドについていろいろと教えてください。まずは基本的な質問から。みんな生まれも育ちもリヴァプールなんですか?
ルイ「僕はバーミンガム出身だけど、ほかの3人はそうだよ」
――リヴァプール出身だと、やっぱり幼い頃から〈ビートルズを輩出した町〉だという音楽的血筋を意識するものなのでしょうか?
ショーン「それは絶対に逃れられないね」
ジョナサン「僕はジョン・レノンの生家のすぐ近くで育ったから、子供の頃からビートルズのことは知っていたし、実家は元々ストロベリーフィールズが建っていた場所にあるんだ。ただ、彼らの偉大さを実感したのは10代初めの頃だったかな。〈ホワイト・アルバム〉(68年)を筆頭に、実験的な志向のアルバムに特に惹かれたよ」
アンディ「僕の家でもいつもビートルズの曲がかかっていた。でもハマったのはやっぱり15~16歳くらいの頃だね。それまではみんな、いかに彼らが素晴らしいかって話ばかりするから、逆に反発して聴かなかったんだ(笑)。〈そんなにすごいなら聴いてやろうじゃないか〉って思って、ようやく掘り下げてみたら、騒ぐ理由が納得できたよ」
ショーン「僕の場合、つい数年前に、ショーン・レノンにあやかって命名されたとママから聞かされたんだ。ジョンの“Beautiful Boy”(80年)にインスパイアされて付けてくれたそう。それをきっかけにあらためて聴くようになって、夢中になったよ」
――それはいい話ですね。
ジョナサン「でもルイはビートルズが好きじゃないんだ」
ルイ「うん、僕らバーミンガムの人間はブラック・サバス派だから(笑)。マジな話、まだ一度もちゃんと聴いたことがない。“Here Comes The Sun”は好きなんだけどね」
――最近のリヴァプールのシーンはどんな感じなんですか?
ジョナサン「すごく盛り上がっていて、いいバンドが次々登場しているよ。僕ら以外では(笑)、モンクス(Monks)がいいね。それからEggy Recordsという地元のレーベル周辺のアーティストもおもしろい。この先2年くらいはいい感じに発展するんじゃないかな。クィーン・ジー(Queen Zee)も素晴らしいし、そのメンバーが〈リヴァプール周辺ではサード・ウェイヴが到来している〉と発言したんだよ。第一波は60年代で、80年代にエコー&ザ・バニーメンからラーズに至る2度目の波がやって来て、そして次のムーヴメントがいま起きている……と。僕らもその一部ってことで、すごく誇りに感じるよ」
地元のパブでプレイするだけのバンドなんて考えられない
――バンド結成の経緯を教えて下さい。ルイ以外の3人は同じ学校に通っていて友達になったそうですね。
ジョナサン「うん。僕とアンディは苗字が〈Power〉と〈Quinn〉だから、席が隣だったんだ。最初は特に仲が良いわけでもなかったけど、その後ショーンとも知り合って、全員スミスのファンだってことが判明して、仲良くなって、いまに至る……という感じかな」
ショーン「僕らは学校で空き時間があると、いつも集まってプレイしていたものだよ。〈やめろよ~〉ってほかの子たちにけなされながら(笑)」
――最近はロック不遇の時代ですよね。活動に苦労を伴うだろうことは覚悟のうえだった?
ジョナサン「ああ。もちろんそういう状況には気付いていたけど、自分たちは素晴らしいバンドだと自覚していたから、きっと大丈夫だろうって(笑)」
アンディ「楽ではないにしても、僕に言わせれば〈なんとしても成功させるぞ〉という真剣な想いがない限り、そもそもバンドを始める意味がないよ。ゴールもなく、地元のパブでプレイするだけのバンドなんて考えられないね。それに僕らは全員勉強が不得意で、どこかの会社で働くなんて考えただけでもぞっとしたよ」
ジョナサン「〈いつか東京に行くぞ〉と思っていたよ(笑)。僕らにとって最大の試練は、〈ドラマー難〉につきる。ルイと出会うまで9回変わったかな。まさに映画『スパイナル・タップ』(84年)の世界さ」
アンディ「約1年前にルイが加わって、在籍期間の記録を更新したんだ(笑)」
ルイ「もちろん経済的な面では大変だけどね」
ジョナサン「うん。レーベルと契約して随分楽になったけど、それまでは何か月もお金を貯めて、やっとスタジオが借りられるっていう感じだった。幸運にも僕らはいい曲を書き上げて、レーベルの関心を引いて、こうしてさらに素晴らしい曲を続々発表しているってわけさ! いまでは地元なら、キャパ500人くらいのハコはすぐに売り切れるよ」
――活動していくうえで〈いけるぞ!〉と感じた出来事はありましたか?
ジョナサン「“Notice Me”をリリースしたときかもしれないね。再生回数が1千回を超えたときに〈いい感じじゃん〉と思って、さらに翌朝チェックしたら……」
アンディ「5万回に届きそうになってたんだ。あれは励みになったよ」
――〈ジャングリー・ドリーム・ポップ〉というサウンド志向は、最初から明確に描いていたものなんですか?
アンディ「うん。ソングライティングの腕を上げて、いい曲を作れるようになるまでには時間がかかったけど、サウンド自体はかなり早い段階から見えていたよ。最初からどんなサウンドにしたいのか、すごく明確なアイデアがあったんだ」
ジョナサン「早い話が、みんなスミスのメンバーになりたかったんだよ(笑)」
アンディ「ルイも含めて、全員の音楽的接点がスミスなのさ。ほかにも各人それぞれいろんなテイストの持ち主なんだけど」
ルイ「あと数組、全員が好きなバンドがいるよね。オアシスに……」
ジョナサン「ドラムスとキュアーだ。この4組が言わば大きなスピン中央駅で、そこからアンディ線、ルイ線、ショーン線、ジョナサン線って具合に、違う方向に電車が走っている感じだね。例えば僕はフォークやR&Bやヒップホップも好きで、ルイはU2を愛していて、アンディはシューゲイザー系が好きで……」
ショーン「僕はファンクだね。マイケル・ジャクソンが大好きなんだ」
――アンディのヒーローはやっぱりスミスのジョニー・マー?
アンディ「うん!」
ショーン「僕はスミスのアンディ・ルークとトーキング・ヘッズのティナ・ウェイマウス。もちろんポール・マッカートニーも」
ルイ「僕はアークティック・モンキーズのマット・ヘルダースを見てドラマーに憧れたんだよね。でもドラマーに限らず、例えばU2のジ・エッジみたいな人にもインスパイアされるよ」
ジョナサン「僕はアークティック・モンキーズのアレックス・ターナーとジョン・レノンだな」
――ソングライティングはどんなふうに進めるんですか?
アンディ「最初に全体的な曲のイメージをみんなで作って、それを元に各自アイデアを練ってさらに肉付けするんだ。そしてインストで一旦完成させて、デモを録音し、そのあとでジョニーが歌を乗せることが多いかな。ほかにも、僕とジョニーでアコギを弾きながらラフな曲を作って、そこにドラムとベースをプラスし、僕もギターをさらに盛り込む……というケースもある。とにかく全員参加なんだよ」
――作詞はジョナサンの担当ですよね。リリシストとしてのアプローチを話してもらえますか?
ジョナサン「やり方はふた通りあるよ。まずひとつは、僕の頭の中ではいつもいろんな言葉が巡っているんだけど、曲を聴いていると、そのなかでも特定の言葉が僕に訴えかける。それが歌詞の手がかりになるんだ。“She Takes Her Time”のときは〈Eloquent〉っていう単語で、そこからスタートしたよ。もうひとつのやり方は、自分が強く感じているのになかなか言葉にして表現できないことが、自然に歌詞になるっていうパターン。その場合も、意識的に何かについて書いているわけじゃなくて、少し時間が経って振り返ったときにはじめて、〈ああ、あのときの気持ちを書いたんだ〉ってわかることが多いんだ」
アルバムをリリースしたときは、日本でナンバーワンになりたいな
――先頃日本でリリースされたデビューEP『Yer Dar』は、英国で4月に登場したEPに4曲をプラスしたものですが、これは現時点でのスピンのベストみたいなもの?
ショーン「うん、〈ここに至るまでのあらすじ〉みたいな感じだね」
ジョナサン「とにかく、僕ら自身のお気に入りの曲を収録したのさ。『Yer Dar』にしか入っていない“Lana”も大好きな曲だよ」
ショーン「同じく『Yer Dar』に収録された“He’s Lovely”は、僕のベッドルームで録音したんだ。だからちょっとラフなんだけど、何とも言えない魅力がある」
――プロデュースを手掛けたのはあなたたちと同じレーベル、モダン・スカイに所属するバンドであるカソリック・アクションのメンバー、クリス・マクローリーですね。
ショーン「彼らとはすごく仲がいいんだ」
ジョナサン「グラスゴー出身で、出自もスタイルも僕らとはまったく異なるミュージシャンだから、コラボするのも興味深かったよ。彼はパンクを聴いて育った人で、EPの音源はそれ以前の曲に比べると、無駄を削ぎ落としたシンプルな仕上がりになっていると思う。クリスは〈余計な飾りはいらないから、ギターとドラムとベースから最高の音を引き出そう〉っていうアプローチを選んだんだ」
アンディ「最初の頃はあれこれ手を加え過ぎていたからね。EPは厳密にはライヴ・レコーディングではないんだけど、ライヴでの僕らにすごく近いサウンドなんだよ。その後僕らはトム・ロングワースという別のプロデューサーともコラボして、数曲レコーディングしたんだ。彼の場合は、手を加え過ぎないようにしながら、かつ、ポップな部分をより前面に押し出してくれた気がする。それもすごくおもしろかったよ」
――このあとは、デビュー・アルバムも控えているんですか?
ジョナサン「その質問への答えは、オアシスに倣って〈Definitely Maybe〉(注:“definitely”は“確実に” 、“maybe”は“もしかしたら”を意味する)としておこう(笑)。まだその段階に到達していないけど、作るとしたらEPとはまた違う音になると思う。より厚い音というか」
アンディ「EPと同じようなものにはしたくないし、いろいろ実験しているんだ。EPはEPで、バンドの現在地をしっかり記録しているんだけどね」
ジョナサン「とにかく、いつかアルバムを発表することになったら日本でナンバーワンになりたい(笑)」
――では当面はライヴに専念する予定ですか?
ルイ「うん。曲を書いて、プレイする。それがすべてだよ。次は英国内でもわりと小さな町を回るツアーを予定しているんだ。普段はどうしても大都市に集中してしまうからね」
――最後に、音楽ファンがリヴァプールを訪れたら、ぜひ行って欲しいオススメのスポットは?
ジョナサン「ビートルズ関係の名所はいろいろあるし、ビートルズ博物館(注:The Beatles Storyのこと)も楽しいけど、それじゃ普通の観光客と変わらないから、やっぱり最近のリヴァプールのバンドをチェックするのがいい。Arts ClubやThe Shipping ForecastやThe Jacarandaといったライヴハウスを覗いてみてほしいね!」