仲間たちとのチーム・プレイから生まれた、楽しくてワクワクするフィクション!

 堂島孝平がすこぶる快調だ!――と思わせるのは、昨年末のおめでたいニュースがあったから……って、それだけではない。1年2か月ぶりとなるニュー・アルバム『フィクション』がたまらなくエネルギッシュだからだ。長年に渡ってセルフ・プロデュースで作品を編み続けてきた彼が、今作では共同プロデューサーに石崎光(cafelon)を迎えてチームを結成(共作曲も多数!)。持ち前のキャッチーさとユーモア・センスに磨きをかけながら、デビュー20周年を前にしたミュージシャンとして、38歳を迎えたひとりの人間としての覚悟が、この銀盤には刻まれているのだ!

堂島孝平 『フィクション』 Imperial(2014)

 

人に委ねられるモードになったのはデカい

――すこぶる調子の良さを窺わせるアルバムですね。聴いた印象、まず感じたのは、非常に引っかかりの強いアルバムだなと。

 「それ、大事ですよね。これまでいろんなものを作ってきたんですけど、ここへ来て、本当に堂島孝平を世に問いたいというか、良い音楽のムードとか、音楽のここが良いよねっていうようなポイントをみんなに問いたいっていう気持ちはすごくありましたね。自分のなかで常に新しいことに挑戦するっていうことはいままでもやってきたんですけど、今回は本当に……新しい表現っていうのを獲得できたかなと、自分なりに」

――〈最高の音楽〉というところに向かっている鉱脈を、いままであちこちから掘り下げてきたと思うんですが、今回はまたを新しい入口を発見したというか。 

「好きな音楽はいろいろあって、ルーツを辿るのは好きなんですけど、ルーツ・ミュージックをそのままやろうとは思わないタイプなんですね。音楽家としての姿勢としては、いろんなところを掘り下げながらも自分自身を発見していくっていう、そっちのほう。で、もはやどこから掘り下げていってもおもしろくなるような、そういう音楽の作り方っていうのができてきたような気がするんですよね。もともとジャンルには囚われてないですけど、自分がシンガーとかパフォーマーとしてどういうふうに歌ったらいいのかとか、僕自身はそういうところに焦点が向いてて……っていうことで言うと、おっしゃるように今回は開けていなかった入口から掘り下げていったアルバムだと思うんですよ」

――世の中には良い曲を書く人はいっぱいいるし、でも、曲とサウンドが良ければそれでOKかっていうとそうでもなくて、〈いいね!〉って言える音楽はいっぱいあるんだけど、そのミュージシャンが大好きかって考えると、かなり絞られていくんですよね。

 「今回は日本語っていうことを前提に、どれだけ振り幅を持たせられるかとか、踏み込んだ歌詞を書けるかとか、そういうことをすごく楽しくやったんですよ。それは〈作詞家〉として自分のなかにずっとあった気持ちなんですけど、ここまでカッコイイものになる、ここまで遊べる、ここまでクレイジーにやれる、そういうものを2014年のいまやることこそがモダンだなって思ってるところがあって。洋楽もすごく好きだし、いろいろ聴くんですけど、英語がわかる人は別として、曲が良いとかサウンドが良いとか、言ってることが何なのかわかんなくてもカッコイイって言えちゃうのって、人に置き換えたら、服装がカッコイイとか、その人が身に付けてるもののセンスがイイなっていう印象と同じだと思うんですよ。もちろん、その人が好きだっていう気持ちがそこにないわけじゃないんだけど、その人の内面とか、考えていることとか言ってることとかが響いてくると、一気に思い入れって増すじゃないですか。ヘンな話、初めてのタイミングでよくそんなこと言えるなあっていう人ほどすごくシンパシーを感じるというか。差し障りなく〈そうですよねえ〉みたいな感じよりも、ちゃんとお互いが踏み込めるような感じというか、それがたぶん、音楽における歌詞の立ち位置だと思っていて」

――今回、セルフ・プロデュースを離れて、石崎光さんとの共同プロデュースになっています。この点も作風に大きく作用しているところですよね。

 「そうですね。まず、セルフ・プロデュース自体もあまり自分のなかでは新しくなくなってたっていうのがひとつと、光くんにサウンド面のアイデアだったり、作っていくという過程を踏んでもらうことで、だいぶボトムがしっかりする感覚があって。そうなることで、僕はシンガーとして表情豊かに歌えたと思うし、いままでもいろんな歌詞を書いてきましたけど、さらに大幅に飛躍したような、そういう境地にいけた感じがあるんですよね。そこに集中できたのはすごく良いことでした」

――他人に委ねるというのは、長らくセルフ・プロデュースでやってきた堂島くんにとって思い切った舵取りが功を奏したと。

 「うん、人に委ねられるモードになったのはデカいことだと思っていて。自分ひとりで作るっているところに、まあ、こだわっていたし、それが『A.C.E.』『A.C.E.2』っていうアルバムでは、自分のタレントとしての適正をソングライター・チームが活かすという感覚で、セルフなんだけど自分のなかではそういうプロデュース・ワークになっていたんですね。それが今回、本当のチームになったっていう。自分が作っていようが作っていまいが、堂島孝平の歌に聴こえるっていうことが大事であってっていう、こだわっているポイントがずいぶん変わったんですね。それがセルフ・プロデュースでやってきた10年で到達した境地というか。あとは本当に、(西寺)郷太とSmall Boysをやったりとか、映画(4月より公開される『さよならケーキとふしぎなランプ』にて主演)に出たりとか、そういうのも大きかったと思います。音楽の範疇っていうのが広がって、音楽の世界に〈止まろう〉っていう気持ちではなく活動してきたことが、いまの気持ちに繋がってると思いますね。それこそ『フィクション』って言ってますけど、何者にでもなれるし、何者でもないっていうところを大きく活かしてくっていう」

――『フィクション』とはいえただの〈なりきり〉ではなくて、そこには堂島孝平の意志が通っているし、歌詞の世界観はフィクションとノンフィクションの狭間にある感じですよね。

 「映画とか演劇とか、音楽もそうだと思うんですけど、フィクションで夢を見せてもらってるっていうところがみんなあるじゃないですか。ノンフィクションを生きるためのフィクションっていうか、そういうところへの愛みたいなのが、いまだったらうまく形にできるんじゃないかなって思って。だから、自分のことを言ってるようで他人のことを言ってるような、他人のことを言ってるようで自分のことを言ってるような、1曲1曲に役があるし、どの曲も自分の歌だと思うし。フィクションであろうがノンフィクションであろうが、楽しいとかワクワクするとか、そういうことのほうが大事っていう感じですかね」

 

自分自身の多種多様さ、変幻自在になれるところを活かす

……といったエピソードを背景に編まれたアルバム『フィクション』。ここからは、収録曲1曲1曲について語っていただきます!

――“俺は、ゆく”

 「アルバムを作る、ってなったときにいちばん最初にあった曲で、テーマとしては、21世紀の“My Way”をやろうと。フランク・シナトラみたいにマイク一本で生き様を歌うみたいな。25歳のときに“25才”って曲を書いたんですけど、それの〈37歳版〉でもありますね。“25才”っていう歌は、将来に対してすごく焦ってる歌、うまくいかないなって言ってる歌なんですけど、でも、37歳になったときにそれと同じ焦り……どうなるのかな?とは思ってるんだけど、そういう境地からは抜け出たって感じなんですよね。じゃあ、いま何をいま感じてるかって考えたら、平均寿命の半分近く終わってるので、これから先に〈限り〉があるっていうことなんですよ。闇雲にがんばっていた若いときにはその感覚がわからなかったし、この年齢になると親の年齢も上がって、昔大好きだった大スターたちがこの世を去っていったりするじゃないですか。そういうのを目の当たりにすると、時間が進んでいることや、自分が残りに向かってるっていうことを痛切に思うんですよね。そうやって限りがあるっていうことをリアルに感じたいま、書いてみようと思ったラヴソングがこの曲なんです。そもそものテーマは、歳を取れば取るほど思いが残る、っていうことなんですね。思い残すことがあって、でももう戻れないっていう、そこを丁寧に描いたラヴソングになればいいなって。言いたかったけど言えなかった思いって、人の気持ちにずっと残るじゃないですか。言っておけばよかったのにっていう気持ちはずっと残るし、言いたかった人がこの世からいなくなっちゃったら、伝えることが絶対にできなくなっちゃうわけじゃないですよね。そこが人間の愛だと思うし、実際に言いたかったけど言えなかったことにも愛があるし、若いときにはわからなかったんだけど、いまの年齢になるとそういうことを丁寧に歌っておきたいなって思うようになって」

――“フィクションの主題歌”

 「ミュージカルの名曲と言われるようなタイトルとかを歌詞に散りばめて、〈どんな歌でも 君のために これこそが事実!〉って締めてるんですけど、やっぱり、人が暮らしていくなかで、どんな架空のものであっても、その人の生活が少しでも楽しくなったり、寄り添えたりするんだったら、そのためだけにやってるようなものだっていう気概が僕にはあるので、それでいいじゃんって。堂島くんだったらうまくやってくれるからって外から頼まれる仕事も多かったのが、自分の多種多様さとか、変幻自在になれるところにうまく結びついてくれて、それを思いきり活かそうっていうのが今回のアルバムなんですね。それゆえに、“俺は、ゆく”から一転して“フィクションの主題歌”のような曲があったりっていう、1曲1曲の振り幅の広さに繋がっていくんじゃないかなって。自分はこうしたい、こう見せたい、こうなったらカッコイイっていう気持ちはあるんですけど、それが強すぎちゃうと、それでしかない。そこをあえて捨てる、そこはたいした問題じゃない、むしろ何をやっても堂島孝平に聴こえるねってって言われることのほうが大事。そこに行き着けたのが嬉しいですね」

――“嘘だと言ってくれ”

 「ルーツがわかりやすく見え透けるものって、ボツ個性だと思っちゃってるところがちょっとあって、どんな音楽もいろんなルーツから影響を受けて派生してきてると思うし、自分もそうだと思うんですけど、見えすぎるとそのルーツが先に立っちゃって、ヘタすれば歌う人がその人じゃなくてもいいんじゃないかなって。そういうものになっちゃう恐怖心が若い頃はちょっとあったと思うんですよね。あとは、一点のところにいられないというか、〈これが好き!〉って思っていても、好きだった自分が次に新しい何かを好きになるのが楽しくて、自分をアップデートしていくのが楽しいっていうところとか。そういうことでいうと、これだけわかりすく、これってビートルズじゃん、ポールじゃんとか言われるような音でも、そういうのをもじりながら自分流に、自分のユニークさとかタレントとしての見せ方として上書きできるところまで来たなって思いますね」

――“OH!NO!”

 「こういうふうに、音は薄いんだけどエネルギッシュに聴かせるやり方って、すごくIQの高いやり方のような気がするんですよね。曲のアイデアは光くんといっしょに考えたんですけど、僕が作ったデモを簡略化して、隙間をわざと作るアレンジに光くんがしてくれて。今回のアルバムは、全体的にモノトーンっぽい色合いの瞬間が多いなって思うんですけど、ポップに、明るく、いくらでもブライトにしようとすればできるような曲、っていうところがおもしろいんじゃないかと思います。それは僕の考えるサウンド・プロダクションと、光くんが得意とするプロダクションが掛け合わさった結果そうなったところで。2年前に“き、ぜ、つ、し、ちゃ、う”っていう、とことん〈晴れ〉な曲を出しましたけど、光くんは自分のスタジオに〈ロンドン・スタジオ〉って名付けるぐらいUK好きなので、たぶん同じ〈晴れ〉っていうイメージでもちょっとスモーキーというか、ロンドンっ子にしてみたらこれでもぜんぜん晴れだぜっていうような感覚があって、そこが彼のおもしろいところだと思うんですよね。その感性がモノトーンを生んだ要因として大きいんじゃないかって」

――“誰のせいでもない”

 「乙葉さんには、10年ぐらい前に何曲か曲を書いたんですけど、ご主人の藤井隆さんも僕の書いた“一秒のリフレイン”がすごく好きだって言ってくれてて。で、藤井さんに、Small Boysに参加していただいたのをきっかけに、久しぶりに乙葉さんとお会いしたんです。この曲は、もともと誰かにデュエットをお願いしようと思って歌詞も書いていたんですけど、内容的に味わい深いものを表現できる、そういう立ち位置にいる人、年齢的なものとかキャリア的なものとかも含めて、そういう人がいいなあって思ったんですね。それで、そろそろ相手を決めなきゃっていうときに、〈あっ、乙葉さんがいる!〉て思って、まず藤井さんに連絡を入れてみたんです。乙葉さんって普段からニコニコしているイメージですけど、歌うとどこか憂いのある、ちょっとくすんだ感じの切なさがとっても良いんですよね。音楽自体すごく好きで、歌うことが好きっていう気持ちもいまだに変わってなかったところもすごく嬉しかったですね」

 

▼堂島孝平の作品
※ジャケットをクリックするとTOWER RECORDS ONLINEにジャンプ

 

▼参考作品
※ジャケットをクリックするとTOWER RECORDS ONLINEにジャンプ

 

地球が回ってることもフィクションなんじゃないかって

――“透明になりたい”

「今回、『フィクション』っていうタイトルを活かすべく、タイトルから考えていった曲が結構あるんですよ。この曲の真意は、やり直せたらなって思う気持ちって捨てきれないよね、みたいな。例えば僕がいま、この音楽スキルをもってデビューする新人だったらスゲェんじゃないかとか、それってやってきたことに対して自信があるから思えることなんだけど、もう1回これでやれるんだったらすごいことになるだろうなって夢を見る……そういうことって人間は捨てきれないと思うんですよね。後悔してるわけじゃないし、それは絶対叶わないってわかってるんだけど、何かになれたならって。透明になりたいっていうのは、ここからいなくなりたいっていうわけじゃないし、透けてるだけで消えるわけではない。そうやって自分のなかにちょっとしたフィクションを持ちながら暮らしてるところってみんなあると思うんですよね」

――“シリーガールはふり向かない”

「〈トンデモCD〉っていう名目で先に出してた曲で。8曲入りだったので形態上はミニ・アルバムに捉えられちゃったと思うんですけど、この曲以外はボーナス・トラックって言ってたので、実質的にはシングル。だけど、こんなところまでやるんだとか、そういうひと筋縄ではいかない、何やっててもおもしろそうにやってるみたいなことを感じてもらえたらいいなっていうことで出したものだったんですね。いまとなっては全然明かしていいことなんですけど、“シリーガールはふり向かない”以外は自分発のアイデアって一個もなくて、前川陽子さんに歌っていただいたりとか、リミックスをやったらどうですかとか、すべてスタッフが盤をおもしろくしようと思って考えたアイデアで、それに乗っかっていった作品だったんですよ。そういうことでは、人に委ねている作品であって、今回のアルバムにしっかりと伏線として繋がってますね」

――“トワイエ”

「光くんとの共作ですけど、元になるメロディーを持ってきてくれたのは光くん。これは本当に僕が作らないタイプの曲で、これだけ一音が長いメロディーはまず書かないんですよ。一音が長いということは言葉数が圧倒的に少なくなってくるので、作詞をするうえですごく大変でしたね。〈……とは言え〉と言っておきながらも最後に〈なんて言うのは冗談だ〉ってドンデン返しする歌で、そういう着想を得たものの、この少ない音符数でどうやってそれを表現できるのかっていうのが大変でしたし、〈曇天〉とか〈雷鳴〉とか、普段こんな言葉使わないよなっていうのをあえて使ってみたりして、おもしろかったですね。この曲とか、それこそ“シリーガールはふり向かない”とか“フィクションの主題歌”とかって、精神性としては大滝詠一イズムなんです。日本語を使って、記名性の高いものを使って遊んでいく──ノヴェルティー・ソングとして、それでいてキレ味のあるポップスを作る。そういうものが大好きだし、すごくリスペクトしてるっていうところに、今回まったく意識せずに辿り着けたんです」

――“いとしの第三惑星”

「救いがあるというか……救いがあるって言っても、聴いて救われましたとかってことじゃなくて、聴いてる人にとっての余韻というか、終わっていくことで感じる気持ちの揺れとか盛り上がりを正しく導くっていう、そういう一曲だと思うんですよ。これはよく思うことなんだけど、本当に地球っていうものがあるのかなって。宇宙っていうものがあるのかどうかとか、ほとんどの人が肉眼で見たことがないわけじゃないですか。宇宙に住んでいるとか言うけど、これもフィクションじゃないかって思うんですよ。子供っぽい発言だって思われるかもしれないけど、それこそかつてガロが“地球はメリーゴーランド”って歌っていたように、そういうふうに思ってないとやってらんないっていうところもあるし、地球が回ってることとか宇宙に浮かんでることとかって肉眼で確かめたことないのにそう思って生きてるのもフィクションっぽい。だけど、それが理解できてないから生きていけないかっていうとそうじゃなくて、どういうときにそれを実感するかっていうと、こうやってお話をしてることを大事にしようって思う気持ちとか、誰かを愛する気持ちとか、人との接点を持ったときだと思うんですよね。実りのあるものをお互い持ち合わせて、その究極っていうのは男女が愛し合って子供を産むことだし、人間が、動物が伝えるべきものってそれしかない。結局、地球を大事にするんだったら目の前の人を大事にして、いま生きている人間としてやれることをやるっていうことが地球のことを思いやることになるのかなって。一見ややこしい話だけど、そこにエンドロール感があるっていうか、〈限り〉っていう感覚を覚えるし、それを大事にしていかなきゃいけないって人間として思ってて。その感覚がこのアルバムにトータルとして流れているムードだったりするのかもしれないし、“いとしの第三惑星”はそれに相応しいエンドロール、一曲だと思います」

 

▼堂島孝平の作品
※ジャケットをクリックするとTOWER RECORDS ONLINEにジャンプ

 

▼参考作品
※ジャケットをクリックするとTOWER RECORDS ONLINEにジャンプ