Photo by Clare Shilland
 

グルーヴを発見、ユーモラスかつ凛々しさもあるサウンドに

PJハーヴェイなどで有名なジョン・パリッシュがプロデュースを手がけた前作『Party』(2017年)が英ラフ・トレード・ショップの年間ベスト・アルバムに選ばれ話題を集めたオルダス・ハーディング。ニュージーランドはリトルトン出身のこの女性シンガー・ソングライターも、ニュージーランドという自国の特徴について、筆者との取材でこのように話してくれている。

「ニュージーランド人は、自分の国以外の国に夢中なんです。自分たちの国がエキゾチックな国だという自覚がない。私も人形師や女優など音楽以外のことをしたいと思っていたし。それってニュージーランド人特有の考え方なのかもしれないですね」

ALDOUS HARDING Designer 4AD(2019)

 そのオルダスの2年ぶりとなるニュー・アルバムで、前作に続いて4ADからのリリースとなる『Designer』は、さりげなく個々を尊重し合うニュージーランド人のマイペースな気風を受け、コツコツと自身のアイデンティティーを育んだ成果が開花した大傑作と言っていい。プロデュースは前作同様にジョン・パリッシュだが、英ブリストルで録音された『Party』とはうってかわり、今作はウェールズを制作場所として選んだ。結果、くすんだアシッド・フォークのようなタッチが特徴だったこれまでと異なり、厳しくユーモラスで凛々しさもあるミステリアスな女性像がそこに投影されているから驚く。

「大きな音で、ストレートで、強い感じの作品にしたかった。“The Barrel”と“Designer”を書き上げたとき、ああ〈私は違うスペースに行ったなあ〉と自覚できて。今回作ったメロディーなどには紛れもないグルーヴがあったから、コンガを入れたいと思いました。もし私が、ダークな細々したピアノ・ソロから、こういったバンド・サウンドへの、新たな一歩を進むことに対して、〈これが本当の私なんだろうか?〉とか〈これはみんなが私に期待していることなのか?〉と考えて心配するようなタイプの人間だったら、このサウンドは上手くいっていなかったでしょうね」

『Designer』収録曲“The Barrel”
 

アルバムからの先行曲“The Barrel”のミュージック・ビデオは、オルダス本人がクラシカルなドレス姿、奇妙なお面、下着とTシャツ、そして最後はまるでお母さんのお腹の中の胎児になったような格好で〈演じる〉とてもユニークな内容。「まさに〈胎児みたいな感じ〉をテーマにして作ってもらったMV。布の中を通ってくるシーンがあるでしょう? 子供の頃、父とカーニバルに行った思い出があって、そこにはおとぎ話をしてくれる女の人がいた。あのシーンは、その思い出からきていて。当時は両親が離婚したばかりだったから、私も感傷的で詩的になっていたのだと思います」と本人も語っているように、遠い記憶の断片をモチーフにして作られたものだそうだが、その淡いメモリーをただ牧歌的に仕上げるのではなく、現在の彼女の目線へと引き上げたような作風になっているのは見事と言うほかない。

 

曲を書いたり創造したりするのは、なんら特別なことじゃない

この曲を筆頭に、アルバムの曲はどれもいままでの姿を解放させたかのようにアレンジもメロディーも情緒豊かだ。東欧やアイルランド音楽などの要素も感じられたり、クラシック音楽の気品、もちろんアシッド・フォークやゴシック・フォークとしての翳りやサイケデリアもある。それを決して内向的にならずに、堂々と歌い手として披露する場面も多数見られ、同じジョン・パリッシュが手がけてきているPJハーヴェイやビョーク、あるいはセイント・ヴィンセントあたりの表現力を思い浮かべる人もいるかもしれない。

「私のサウンドに影響を与えているのは、音楽的なものとは限りません。私はいろいろなスタイルの音楽を聴くけれど、新しい音楽を常に聴いているというタイプの人間じゃない。自分の音楽をこういうようなサウンドにしたい、という願望もない。自分が興味深いと思える音楽を作りたいだけなんです」

『Designer』収録曲“Fixture Picture ”
 

ある意味、特殊な存在であるような評価、聴き方をされることをさらっと拒否するような態度を見せるオルダス。それは、あたかもアーダーン首相が「私は決してスーパーウーマンじゃない。周囲に助けられて生きている一人の女性」と主張するのにとても似ている。音楽は好きだし、曲を書くときには最善を尽くしてイマジネイティヴになるけれど、それは決して特別なことではない、と。そう、〈オルダス・ハーディングのオルダスは、あの幻想文学者/思想家として知られるオルダス・ハクスリーからとられているのではないか?〉という周囲の憶測と推察に対しても、彼女はそうした文学云々のアングルから語られることをサッと袖にする。

 

アルバムで聴こえるもの、それがすべて

その一方で、彼女の詩世界は跳躍力に富んだ広がりのある想像力によって形成されたものが多い。それは文学的というよりも、夢の世界を自由に具現化することに近い作業と言える。その点では確かにオルダス・ハクスリーやティモシー・リアリーの作品への共振を見て取ることができるが、オルダス自身は「それさえも確かなことかわからないし、そこまで大袈裟なことではない」と言う。あくまで一人のニュージーランド人らしい一人の人間であるという起点に立っているのだ。

ちなみに、オルダスの実母はロリーナ・ハーディングという同じニュージーランドのアーティスト。その母親の影響でギターを手にし、自分でも歌うようになっていったというが、13歳の時にその母とともに『Clean Break』という作品を発表するも、一度は音楽の道に距離を置き、また戻ってきたり離れたり……。しかしながら、こうした道のりを彼女は焦らず、慌てず、自分のイマジネイションの進化として静かに育ててきた。ニュー・アルバム『Designer』がサウンド面でも耐久性と強度のある録音作品になっていることは、そうやって時間をかけて幹を太くしてきた証左のようでさえあるのだが、オルダスはそれでも飄々とこう語るのだ。

「アルバムで聴こえるものこそがすべて。それ以外には何もない。アルバムで聴こえる以外には特に何も起こっていないんです」

『Designer』収録曲“Treasure”のパフォーマンス映像