可憐すぎるヴォーカルと、未来的なエクレクティック・ガラージ・ポップの際立ってシルキーな融合! 今年最高のニューカマーがいま、その全貌を現した……

 アヌーシュカ。簡単に書き出そうとしたら、まず釘を刺される。

 「僕らは、よくある〈男性プロデューサーと女性シンガーが出会って簡単に何曲か作った〉みたいなストーリーとは無縁なんだ」(マックス・ウィーラー)。

 「何人かのプロデューサーは、私を単なる楽器として使おうとしたわ。私が実際に研鑽を積んだミュージシャンであることを理解していないのよ。マックスは私の音楽的才能を本当に尊重してくれるから、このプロジェクトに加わることは何ら問題ないわ」(ヴィクトリア・ポート)。

 それはどの男女デュオも主張したいことだとは思うが……慎重に言っておくとアヌーシュカは、プロデューサーのマックスとヴォーカリストのヴィクトリアによるデュオである。もうひとつ付け加えておくと、このふたりがブラウンズウッドからリリースするアルバム『Broken Circuit』は――例えば同じ形態のアルーナジョージとはまた違う角度の話として――フューチャリスティック・ガラージ・ソウル・ポップにおける最上の一枚となるだろう。

ANUSHKA 『Broken Circuit』 Brownswood/BEAT(2014)

 ブライトンでユニットを結成するに至った両者の共通項は、「2000年前後のロウカス系ヒップホップ」への愛だったという。つまり、それ以外の好みはバラバラだったわけだ。リーズやマンチェスターのレイヴを体験しながら成長してきたマックスが影響を受けたのは、「オービタルやケミカル・ブラザーズなど〈あの時代〉のあらゆるサウンド」で、その後ヒップホップにハマってビートメイクを始めたのだそう。一方のヴィクトリアは音楽一家に生まれたこともあって幼い頃からジャズやソウルに親しみ、〈ローリン・ヒルになる〉という夢を抱いて育ったという。カレッジで音楽を学んだ彼女は、それ以前の十代からセッション・ワークにも勤しんでいたそうだ。が、実際にヴィクトリアと出会う頃には、マックスの興味はダンス・ミュージックへと移りつつあった。

 「セオ・パリッシュ、ジャック・グリーン、ヘッスル・オーディオ、ジョーカー……そしてとりわけジョイ・オービソン。彼はガラージやグライムやハウス、ドラムンベースなどを巧みに引用して、それを新鮮なサウンドに仕上げていたんだ。実を言えば、ジョイ・オービソンのあの初期のトラックを聴いた時に、なんて病的なんだと思ったよ。そこに実に素晴らしいヴォーカルが乗るんだよね……そして、ヴィクトリアと巡り合ったのは、まさに、まさにその直後だったんだ」。

 共通の友人を介して知り合い、毎晩のように遊び歩いたという2人だが、マックスによってヴィクトリアは新しい世界と出会うことになるのだった。

 「何か新しいものを探していたの。私が歌ったことのあるドラムンベースは好きだったけど、また違ったものもやってみたかった」(ヴィクトリア)。

 「初っ端から僕は自問した。〈僕らはここでアルバムを作っているのか、それとも僕はただのプロデューサーで、これは一度限りのプロジェクトなのか?〉って。そしてまさにその直後に僕の考えはクリアになった。これが僕のやりたかったことなんだと。そして、もしも実現するのなら、それは単に〈シンガーがトラックのいちばん目立つ旋律を歌う〉といったものにはならない、と。そしてほら、この通りさ」。

 ジャイルズ・ピーターソンの主宰するブラウンズウッドのコンタクトを得てコンピレーションに“Tried & Tried”を提供した後、さまざまな経験を重ねた2人は、ここに『Broken Circuit』を完成させた……そう、この通りだ。

 「この作品に通底するテーマは、人生や人間関係の紆余曲折よ。あるいは、少なくとも私が隠そうとしたもの、忘れようとしたもの、と言えるわね。このアルバムでは、隠しておこうとしたけどつい露になってしまったものが、最高の曲を生み出しているのよ。もし私がそこで身構えて、例えばパーティー・ソングでも書いたとしたら、どこか取り繕ったような、つまらないものになったはずよ。良く出来た曲では少なからず感情が沸き立っているわ!」(ヴィクトリア)。

 破壊衝動を煽る“Mansions”のようなトラックは、彼女が言葉にする通りの激しさをグライミーで粗暴なトラックが直情的に体現したものだと言えるだろう。一方で、そのシルキーな歌唱が備えた魅力の本質は、例えば“Never Can Decide”を聴いただけでもわかる。進化型2ステップのようなビートと明滅する歌声の絡みにMJコールの“Sincere”を連想する人も多いはずだが、それはディスクロージャーなどと同様にリロードされた上質でソウルフルなダンス・トラックの復権を意味するものだ。今様のベース・ミュージックをポップなフォルムに投影する手腕ではケイティBと近いものも感じられるし、US産R&Bへのストレートな憧憬はシアラばりのスロウ・バウンスに仕立てられた表題曲に顕著。いずれにせよこの快くも明媚な美しさは、トレンド以上の自然さを帯びてダンスフロアやあなたの耳の奥をスウィートな小気味良さで彩るに違いない。

 

▼関連作品 

左から、“Tried & Tried”を収録した2012年のコンピ『Brownswood Electr*c 3』(Brownswood)、MJコールの2000年作『Sincere』(Talkin’ Loud)、アルーナジョージの2013年作『Body Music』(Island)、シアラの2013年作『Ciara』(RCA)、ケイティBの2014年作『Little Red』(Rinse/Columbia UK)
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