©EMMANUEL AFOLABI

 ジャズメイア・ホーン。いまにも音が響いてきそうな名前はジャズ好きな祖母によって命名されたという。米南部で生きてきた祖母からは「音楽的なギフトをいっぱいもらった。彼女の持っている遺産や伝統が〈ジャズメイア〉という名前によって受け継がれ、私はジャズ・シンガーとして活動している」と、名前の通りに成長したことを語る口調は誇らしげだ。有名ジャズ・コンペティションでの優勝をきっかけに、2017年にプレスティッジからデビュー作『A Social Call』を放った91年生まれの新世代ジャズ・シンガー。名付け親が祖母なら、ジャズ歌手としての原点は、故郷ダラスの名門芸術高校、ブッカー・T・ワシントン・ハイスクール・フォー・パフォーマンス・アンド・ヴィジュアル・アーツにあった。

 「ブッカー・T高校が自分のスタイルのジャズを生み出すことを可能にしてくれた。あそこに通っていなければ、ジャズを好きになったかどうかわからない」。

 その後、NYのニュー・スクール大学でジャズと現代音楽を学んだ彼女は、現在のバンド・メンバーであるヴィクター・グールド(ピアノ)やステイシー・ディラード(テナー・サックス)と出会う。そんな仲間と共に、ふたたびクリス・ダンをプロデューサーに迎えて制作したのが、2年ぶりとなるニュー・アルバム『Love And Liberation』だ。2013年に書いていたという“Searchin'”など、管楽器奏者の演奏からヒントを得たというスキャットを巧みに使いながら歌う彼女のヴォーカルは前作以上に研ぎ澄まされていて、〈愛と解放〉を謳ったアルバムからはブラック・ジャズのような70年代の前衛的なジャズ・レーベルのムードも感じられる。

JAZZMEIA HORN Love And Liberation Concord/ユニバーサル(2019)

 「精神的に進化したと思う。前作では黒人コミュニティーに対する社会的な不公正さに対する意見を述べていきたかった。今作は政治的なアルバムではないけど、世界中の不公正に対して何かをすべきだという意識で作った」。

 透き通った美声で歌われる冒頭のスウィンギンな“Free Your Mind”から、さまざまな体験を通してネガティヴな考えや意識を捨てようと覚醒を促す曲で、これを含む全12曲中8曲が彼女自身の体験に基づいて書かれている。

 「前作では、あえて誰もが知るようなスタンダード曲を紹介しようとカヴァーした。でも、それらの多くは男性が書いたもの。今回は自分自身を前面に出していった」。

 語るようにゆったりと歌う“Time”やサックス・ソロを交えた弾むようなアップ・ビートの“Out The Window”では、男性に対して慎重な態度をとるように説くジャズメイア。「祖父が教会の牧師だったから、常に教会に通って神の前にいることが義務づけられていた」と語るように、聡明な彼女の歌い口はプリーチャーのようでもある。その他、クラシックからヒップホップまでを好む音楽体験の広さは前作のカヴァーからも窺えたが、今作では4曲をカヴァー。うち一曲はブッカー・T高校の先輩にあたるエリカ・バドゥの“Green Eyes”で、これは以前からライヴで披露していたという。アルバム・ジャケットに写るターバンのような帽子も初期のエリカを思わせる。

 「エリカは私の母と同世代で、家では母がエリカやジル・スコット、ローリン・ヒルの音楽をかけていた。私も彼女たちに憧れていた。“Green Eyes”は凄く共感できる曲で、私も同じように困難な状況、不安定な気持ちになったことがあるから、エリカに対するオマージュね」。

 スキャットも学んだメンター的存在である故ジョン・ヘンドリックスの“No More”、ラシェル・フェレルの“Reflections Of My Heart”もオリジナルの歌い手に対するオマージュ。ビリー・ホリデイなどで知られるスタンダード“I Thought About You”は、本作でベースを弾くベン・ウィリアムスの提案だったようだ。ラシェルの曲で一緒に歌ったドラマーのジェイミソン・ロスとはスポークンワーズ的なオリジナル曲“Only You”でも共演。「彼は同じ教会で育ったから、彼を(シンガーとして)紹介したかった」のがその理由。故ロイ・ハーグローヴのバンドに在籍していた気鋭ピアニストのサリヴァン・フォートナーも招いた『Love And Liberation』は、新しい世代が新しい感性で伝統を受け継ぐことが創造的であることを教えてくれる。

 


ジャズメイア・ホーン
91年生まれ、テキサス州ダラス出身のジャズ・シンガー。幼少期から教会音楽やジャズ、ヒップホップなど多様な音楽に親しみ、ブッカー・T・ワシントン芸術高校でジャズを学ぶ。卒業後はNYのニュー・スクール大学に進学。2013年のサラ・ヴォーン・コンペティションで優勝して脚光を浴び、2015年にはセロニアス・モンク・インスティテュート・コンペティションで優勝する。JCホプキンス・ビギッシュ・バンドやジェローム・ジェニングスの作品への客演を経て、2017年にプレスティッジからデビュー・アルバム『A Social Call』を発表。同作がグラミーでノミネートされて話題を集めるなか、セカンド・アルバム『Love And Liberation』(Concord/ユニバーサル)をリリースしたばかり。