食をめぐって繰り広げられる家族の物語「最初の晩餐」
父親役を演じた永瀬正敏が感じた「家族の味」とは
国内外の作品に数多く出演し、インディーやメジャーの垣根を越えて活躍する俳優、永瀬正敏。写真家としても一面も持つ永瀬は、役者としての在り方、という面でも後の世代に影響を与えた役者かもしれない。そんな永瀬が、染谷将太、窪塚洋介など、永瀬に通じような個性派俳優達の父親を演じた映画が『最初の晩餐』だ。物語は永瀬が演じる東日登志の死から始まり、回想シーンを織り交ぜながら、日登志と子供達の関係が描き出されていく。永瀬が脚本を読んで惹かれたのは、その巧みな語り口だった。
「物語に現代と過去を入れ込む時って、その入れ込み方が結構難しいんです。たいていのやり方は使い古されているし。でも、この作品の脚本を読んだ時、回想シーンへの行き方、戻り方が素晴らしかった。その巧みさに惹かれました。今回の撮影では回想シーンから、日登志の子供達が小さな頃のシーンから撮影を始めんです。だから、成長した子供達を演じた染谷(将太)君、戸田(恵梨香)さん、窪塚(洋介)君達は、撮影に入る前に子供達の演技を見て、自分の中に家族の時間を積み重ねていったんじゃないかと思います」
日登志の死をきっかけに、久し振りに実家に戻ってきた長男の麟太郎と長女の美也子。二人はそれぞれに仕事や家庭の悩みを抱えて気もそぞろだ。そんななか、母のアキコは通夜ぶるまいの弁当を勝手にキャンセルして、自分で料理を作ると言い出す。そして、最初に出された料理は目玉焼き。戸惑いながら箸をつけた麟太郎は、それが日登志が初めて作ってくれた料理だということを思い出す。そして、次々と出される料理を通じて忘れかけていた家族の想い出が甦る、という構成だ。
「物語の真ん中に〈食〉があるんです。家族がぶつかり合う食事だったり、ちょっと涙の塩気が利いてたり、いろんな〈食〉がある。ただ、食事のシーンを撮影するのは結構面倒くさいんですよ。どこまで食べてたっけ? セリフを喋る前に食べたっけ? あとだっけ? とか、編集の繋がりを考えるのが大変で段取りになりがちなんです。そうなるとつまらなくなるので、食卓の雰囲気を大切にしながら撮影しました」
日登志とアキコは再婚で、アキコにはシュンという連れ子がいる。ある日突然、家族として一緒に暮らすことになる5人。10代の多感な時期の美也子やシュンは、なかなか打ち解けることができず、日登志とアキコには子供達に言えない秘密がある。彼らはぎくしゃくしながらも、様々な問題を乗り越えて少しすつ家族になっていく。そんななか、アキコが家を出て行った後、日登志と子供達だけで餃子を作るシーンは、永瀬の思いつきを発端に時間をかけて作り上げた。
「あそこは、最初はお父さん(日登志)のシーンだったんですけど、僕はお父さんのシーンではなく美也子のシーンにするべきだと思ってしまって。お父さんが一生懸命やろうとしてるんだけどうまくいかない。それに彼女が最初に気付いてやって来てくれて、それを見たお兄ちゃん(シュン)と弟(麟太郎)もやって来て、4人で何かをもう一回構築する。そんな大事なシーンだと思って監督に相談したんです。最初に予定されていたシーンより長くなったけど、すごく丁寧に撮ってもらいました」
永瀬が餃子のシーンの大切さに気付いたのは、現場で回想シーンを何度も撮影しているうちに芽生えた気持ちからだという。
「日登志をお父さんにしたのは子供達や奥さんだと思うんですよね。それは演じるうえでも同じ事で。僕の頭のなかだけでは、ああいう日登志にならなかっただろうし、ああいう家族にならなかった気もするんですよ。撮影現場は本当の家族みたいな雰囲気でした。僕も斉藤さん(アキコ役の斉藤由貴)も個人部屋を頂いていたんですけど、全然そこには行かなくて、いつも子役の子供達と一緒にいました。子供達が遊んでいる姿をにこにこしながら見て、〈こういう感じを撮影に持って行けたら良いな〉と思って撮影現場に行く時も子供達とフザけてました」
日登志はあまり喋るタイプではないが、子供達に向けた眼差しや表情から家族を気遣う気持ちが滲み出て、永瀬の抑えた演技が胸を打つ。本作の監督・脚本・編集を手掛けたのは常盤司郎。本作が初めての長編だが、日登志には常盤の父親の面影が重ねられているという。しかし、そんなプライベートな想いを越えて、本作を観れば誰もが自分の家族のことを思わずにはいられないだろう。出演した永瀬も、作品を通じて自分の家族のことを思い出していた。
「去年、母親を亡くしたんですけど、おふくろとおやじがいる頃に家族ものをやったのと、おやじが一人だけになった後に家庭ものをやるのとでは気持ちがちょっと変わってくる。なんでもないことや、ちょっとした記憶が愛おしくなってくるんですよね」
そんな永瀬に想い出の家庭の味を訊ねてみると、微笑みながらこんな答えが返ってきた。
「具体的にこれ、というものはなくて、もう何で良いです。何でも良いから、母が作ってくれたものをもう一回食べたい。母親が作ってくれたものが家庭の味なんだなって、亡くなってからしみじみ思いますね」
家族と囲むなにげない食事の時間の大切さを、この映画が改めて教えてくれるはずだ。
永瀬正敏(Masatoshi Nagase)
1966年、宮崎県出身。相米慎二監督『ションベン・ライダー』(83)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(89)、クララ・ロー監督『アジアン・ビート(香港編)オータム・ムーン』(未)、山田洋次監督『息子』(91/日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞他)など国内外の100本以上の作品に出演し、数々の賞を受賞。今年の出演作に『赤い雪』(甲斐さやか監督)、『多十郎殉愛記』中島貞夫監督、『ウィーアーリトルゾンビーズ』(長久允監督)、『ある船頭の話』(オダギリジョー監督)、『カツベン!』(19/周防正行監督)がある。また、写真家としても多数の個展を開き、20年以上のキャリアがある。2018年芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
映画「最初の晩餐」
監督・脚本・編集:常盤司郎
音楽:山下宏明
出演:染谷将太 戸田恵梨香 窪塚洋介 斉藤由貴 永瀬正敏
配給:KADOKAWA(2019年 日本 127分)
©2019 『最初の晩餐』製作委員会
http://saishonobansan.com/
◎11/1(金)全国ロードショー