レックス・オレンジ・カウンティ『Pony』ポップの神童が苦難を乗り越えるまでのビタースウィートな物語

2019.10.29

弱冠21歳、タイラー・ザ・クリエイターもその才能に惚れた俊英シンガー・ソングライターが待望の新作をリリース。ベニー・シングス、ランディ・ニューマンら先達とのコラボも経ての本作は、これまで以上にオーセンティックなソングライティングが発揮された傑作だ。前作で印象的だったジャズのエッセンスは薄れ、代わりにアメリカのルーツ・ミュージック~オールディーズ的要素が感じられる。ヴィンテージな質感を湛えた歌声も相まって、古き良き時代の映画などを想起させるようなエヴァーグリーンな輝きを放っているが、決して懐古主義というわけではなく、ビートの質感やピッチアップした声ネタ使い、分離の良いプロダクションなどが同時代性を演出。Z世代による新たな名盤がここに。

 


去年の〈サマソニ〉のステージに半袖半パン、〈どこにでもいそうな少年の姿〉で入場してきた、レックス・オレンジ・カウンティことアレックス・オコナーをいまだに忘れられない――もちろん演奏も。そんな少年がワールド・ツアーをして、1つ歳をとってアルバムを完成させた。本作『Pony』は、新たな試みを行いつつ、前作『Apricot Princess』(2017年)以上に洗練されたポップな作品に仕上がっている。

彼が影響を受けてきたと公言しているランディ・ニューマンやベニー・シングスなどポップ・マエストロの作る音楽にだんだんと近づきながら、近年のヒップホップやR&Bシーンで聴かれる歌声のピッチ・アップの手法も取り入れていることが、今作の意欲的な取り組みだと個人的には感じた。楽曲を挙げると特に、”Stressed Out”や”Pluto Projector”だ。チャンス・ザ・ラッパーと関わりの深いシカゴのアーティスト、ピーター・コットンテールの昨年のシングル”Forever Always”に、彼はフィーチャーされており、この楽曲でピッチ・アップが使われていたので、それが大きく影響したのだろうか。

もちろんフランク・オーシャンやタイラー・ザ・クリエイターからの影響も大きいとも思う。ポップ・マエストロ性のある音楽に、近年のヒップホップやR&Bの要素を加え、レックス・オレンジ・カウンティとしてのサウンドを確立させてきた彼の作家性が、今作『Pony』でさらに浮き彫りになったと感じた。

もともとレックス・オレンジ・カウンティは、クレイロやクコ、ガス・ダパートンやイエロー・デイズ、コスモ・パイクなどの新世代のベッドルーム・アーティストを代表する存在としてメディアに取り上げられてきた。彼らはいずれも、さまざまなジャンルの要素をクロスオーヴァーさせ、自身の音楽へと昇華して表現している。いわば〈ハイブリッド・ミュージック〉だ。

そのなかでレックス・オレンジ・カウンティの音楽は、ローファイなベッドルーム・サウンドを下地に、ひたすらにポップスを貫いているイメージだった。しかし今作では所々ローファイな音像を残しているが、先ほど上述した通り、そこがベースになっているようには感じず、新たな手法を試みている部分が大きい。だから、今作『Pony』をリリースしたことで、彼は自身の〈ベッドルーム〉と訣別し、扉の外へと向かったのではないか。〈若き馬〉がさらなる大きな世界へと駆け出していったかのように。このアルバムで、レックス・オレンジ・カウンティは大人への階段を登りはじめた。

 


Spotifyの再生回数やプレイリストで目にする頻度の多さ、英米のTV番組に出演したときの熱烈な歓待、そしてフェスティヴァルでの凄まじい大合唱……そうした状況を鑑みると、2019年の秋、世界がレックス・オレンジ・カウンティの虜になるお膳立ては完璧に出来上がっていたように思う。だが、そんな狂騒もどこ吹く風、当のアレックス・オコナーはとてもパーソナルで、それゆえに甘さとほろ苦さを併せ持つポップ・アルバムを作った。

〈いまの僕は5点だけど、いつか10点満点になれるかな〉。そんな切ない自己認識を軽快なブレイクビーツに乗せた“10/10”でスタートする『Pony』。彼は前半の5曲を「この1年間に自分を悩ませてきたことについての歌」と語っている。そして、後半の曲は、「いかにそれらを乗り越えたかについて」とも。

では、オコナーを苦しませてきたものは、なんなのだろうか。ひとつには、その才能ゆえに起こした急激な環境の変化を挙げることができそうだ。〈普通の生活を送ってきたはずなのに〉とぼやくメロウ・ソウルの“Always”、華やかな場にいるときの居心地の悪さをつぶやくようにラップした“Laser Lights”など、序盤の楽曲において、彼は戸惑いや疎外感を隠さない。そして、前半の最終曲“Stressed Out”では、〈僕のストレスのもとである彼らは、僕がダメになったときにはいなくなるんだ〉と周囲への不信感を顕わにするのだ。

そして、〈話す手段を持てなかったんだ〉と、ストレートに辛さを吐露した“Never Had The Balls”ではじまる5曲は、辛い時期を乗り越えるにあたって〈君〉の存在がどれだけ力になってくれたのかが綴られている。〈君といるときはホームを感じる〉と厳かなムードで歌われるランディ・ニューマン調の“Pluto Projector”、〈彼女は僕の世界を変えてくれたんだ〉という前向きな気持ちを、エモーショナルな弦楽器の音色が彩るチェンバー・ポップ“It Gets Better”。そして、6分半と長尺の最終曲“It‘s Not The Same Anymore”は、変化を受け入れ、未来へと向かうことへの決意の歌だ。

思わず口ずさみたくなるメロディー・センスと、これ見よがしに新しさを主張するわけではないながらも、気の利いたサウンドメイク。レックス・オレンジ・カウンティの『Pony』は、申し分のないポップ・レコードだ。そのさりげなさと落ち着いた温度感ゆえに、シーンの景色をドラスティックに一変させるアルバムではないのかもしれない。だが、アルバムをそう位置付けしたところで、そこには何の否定的な意図も存在しないことは、本作を聴き、アレックス・オコナーの魂の旅路に心を動かされたリスナーならば、おのずと理解してくれるだろう。

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