ベッドルーム・ポップって何?

2010年代後半から、ささやかながらも欧米のシーンにおけるキーワードとなり、スタイルとして定着してきたベッドルーム・ポップ。兄のフィニアス(FINNEAS)との共同制作によって世界を席巻するポップを生み出したビリー・アイリッシュの音楽もそのひとつに数えられることがあり、〈シーン〉という形になることもなく、定義は曖昧に広がっている。

〈ベッドルーム・ポップ〉というラベリングを嫌がるミュージシャンもいるらしい。とはいえ、現在の音楽を語るうえでベッドルーム・ポップが重要なタームであることもまた事実だ(2020年7月現在、Spotifyプレイリストのフォロワーは61万人強)。

そこで今回は、〈ベッドルーム・ポップって何?〉と感じている方のための10曲を選んでみた。

 

ベッドルーム・ポップのルーツ

ベッドルーム・ポップの直接的な起源は、2000年代~2010年代前半のインディー・ロックやエレクトロニック・ミュージックになるだろう。

特に影響を与えた音楽家といえば、マック・デマルコがよく挙げられる。スカスカの演奏とローファイな音像、コーラスやフェイザーがかかったペラペラのギター・サウンド……。たしかに、彼の音楽の影響力は大きい。

マック・デマルコの2012年作『2』収録曲“Ode To Viceroy”

私見では、2000年代末から2010年代初頭にかけて流行したチルウェイヴからの影響もかなりあると思う。特に、その代表格だったトロ・イ・モア。インディー・ロックやR&B、ダンス・ミュージックなどを折衷した彼の音楽とそのスタイルは、ベッドルーム・ポップの先駆と言っていい。それと、ノスタルジックでローファイな、毒気のあるポップを奏でたアリエル・ピンクの存在も大きいのではないだろうか。

トロ・イ・モアの2011年作『Underneath The Pine』収録曲“Still Sound”

また、フランク・オーシャンの金字塔『Blonde』(2016年)からの影響を窺わせる楽曲も多い。あの独特の親密な空気感ときわめて私的な表現、チルアウトした感覚、ジャンルにとらわれないスタイルは、特にDIYの作家たちに強い影響を及ぼしたことだろう。

 

ベッドルーム・ポップの特徴

ベッドルーム・ポップの特徴はまず、そのポスト・ジャンル性にある。つまり、ジャンルを〈これ〉と言い表すことができない。ただ、どこかノスタルジックで、ゆったりとしたテンポ感やチルアウトしたムード、過度なリヴァーブがかかったサイケデリックでドリーミーな音像などは、かろうじて共通している。

カテゴライズを必要としないのは、90年代後半から2000年に生まれたZ世代が中心的な担い手だからだろうか。インターネットを介して、ロックもヒップホップも、新譜も旧譜もフラットに、しかも大量に(無料で)聴いてきたからこそ、彼/彼女らの音楽にはそのすべてが溶け合っている。

またマチズモとは無縁で、ジェンダーやセクシュアリティーにおけるクィアネスを表現に反映させた作家が多いのも、ポスト・ジャンル性と相似形なのかもしれない。つまり、ジャンルにしろ、性の在り方にしろ、旧態依然の分類を拒否しており、それを音楽で表現している。

楽器や録音機材が安価になったことで、インディペンデントかつDIYに音楽制作を(まさに自身のベッドルームで)行うことも彼らの特徴だ。今回選んだスティーヴ・レイシーのように、MacやiPhoneにあらかじめインストールされているアプリ、GarageBandなどで録音するアーティストも少なくない。その結果として、聴き手が親しみを感じる手作り感とローファイが生まれている場合もある。

Wiredのスティーヴ・レイシーのドキュメンタリー

さらにこれはあまり指摘されないことだが、プログラミングに頼らず、ギターやベースなどの楽器を操る音楽家が意外と多い。これには、TVゲームからの影響があるかもしれない。というのも、インタビューなどを読むと、「ギターヒーロー」などのゲームから楽器演奏にのめり込んだミュージシャンが多いのだ。

インディペンデントという点では、既存のレーベルに頼らずにYouTubeやSoundCloud、Bandcampのようなプラットフォーム、あるいはSpotifyなどのストリーミング・サーヴィスからみずから発信しているミュージシャンが大多数を占めている。旧来の音楽ビジネスやルールに縛られない自由な立ち場であること。それには、新しいスタイルだからこそ古い慣習やレールに乗れなかった、という側面もあるだろう。

インディペンデントだからこその特色は、他にもある。それぞれのベッドルームはインターネットを介して繋がれており、アーティストどうしの交流やコラボレーションがかなり盛んなのだ。ラッパーのフィーチャリングに似た身軽な共演や共作はこのシーンにおいて一般化しており、インディー・ロック・シーンとは一線を画す特徴になっている。

 

今回紹介している楽曲は、2017~2018年のものがほとんだ。とはいえ、けっして過去のスタイルだというわけではなく、デビュー・アルバムをこれからリリースする者(あるいは、アルバムをリリースしたばかりの者)が多いように、2020年以降に花開く可能性の種がその頃に蒔かれていた、と考えてほしい。

さて。前置きはこれくらいにして、ベッドルーム・ポップを知るための10曲を紹介していこう(記事の末尾には10曲+αのプレイリストを用意した)。

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