田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が海外シーンで発表された楽曲から必聴の楽曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。この一週間、大きな話題になっていたのは、Spotifyとニール・ヤングの一件です。Spotifyが1億ドル超で契約したとされるジョー・ローガンの大人気ポッドキャスト『The Joe Rogan Experience』が、さまざまなゲストを招いたトークのなかで新型コロナウイルスワクチンに関する誤った情報を発信している、と批判を受けています」
天野龍太郎「昨年12月、科学者や医師、専門家200名以上がそれに抗議する公開書簡を送り、1月26日にニール・ヤングが〈ジョー・ローガンかニール・ヤングかだ〉とSpotifyに迫るステートメントを発表、自身の全作品を引き上げることを宣言しました。その経緯は、すでに日本国内でも多くのメディアが報じているとおりですね」
田中「実際、いまニール・ヤングの作品はSpotifyで聴けなくなっています。ジョニ・ミッチェルもニール・ヤングに賛同していて、一部を除いてほぼ全作が聴けない状況ですね」
天野「この件については、同社の株価の急落、新型コロナに関するポッドキャストにはSpotifyが注意喚起を入れる、といった新しい情報も入ってきました。もちろん、誤った情報を発信すべきだとは思いません。ただ、プラットフォーマーとしての中立性や表現の自由について考えると、コンテンツポリシーに沿うのであればその内容は問わないというSpotifyの態度は当然でもあって、非常に難しい問題ですね……。これまでに相当数のコンテンツを削除してきた、とも言っていますし。とにかく、このままでは両者にとってもユーザーやリスナーにとってもよくないと思うので、事態の改善を望みます。それでは今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」
★TOWER RECORDS MUSICのプレイリストはこちら
Charli XCX feat. Rina Sawayama “Beg For You”
Song Of The Week
田中「〈SOTW〉は強力なコラボレーションソング! チャーリーXCXがリナ・サワヤマをフィーチャーした“Beg For You”です。この曲は、チャーリーが3月18日(金)にリリースするニューアルバム『CRASH』からの3曲目となるリードシングル。ここ最近のチャーリ―は調子がいいですね。クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズとキャロライン・ポラチェックをフィーチャーした前曲“New Shapes”もこの連載で取り上げましたし、アルバムも楽しみ!」
天野「この“Beg For You”は、“New Shapes”に続いてウェルメイドなダンスポップです。下敷きになっているのは、スウェーデンのシンガー、セプテンバーが2006年にリリースしたユーロダンスポップのヒット曲“Cry For You”。メロディーやフレーズをほぼそのまま使っていて、“Cry For You”の制作陣の名前も作曲にクレジットされています」
田中「原曲と大きく異なるのは、ビートがUKガラージっぽい跳ねたものになっているところでしょうか。プロデューサーは、リタ・オラやエリー・ゴールディングの作品などを手がけている売れっ子のディジタル・ファーム・アニマルズ(Digital Farm Animals)。意中の相手への熱烈な愛を歌ったリリックは、彼女たちのキャラクターにマッチしていますね。頬を寄せて抱き合いながら歌う、ほとんど2人の顔と上半身しか映らないミュージックビデオも濃ゆい……」
Warpaint “Champion”
田中「続いてはウォーペイントのニューシングル“Champion”。ウォーペイントはご存知、米LAのアートロックカルテットです。前作『Heads Up』(2016年)の発表から6年も経っていますが、その間4人は出産や他の仕事、ツアーやソロ活動で忙しかったそうで、再始動させるのが困難だったのだとか。それでも〈バンドは家と同じような場所〉と再び引き寄せられて、今回復活しました」
天野「テリーサ・ウェイマン(Theresa Wayman)はTTとしてソロ活動中、ステラ・モズガワ(Stella Mozgawa)はコートニー・バーネットの2021年作『Things Take Time, Take Time』にがっつり携わるなど、実際にメンバーはそれぞれの場で活躍していました。そんななかでついに発表された待望の新曲“Champion”は、生演奏とエレクトロニクスが溶け合ったドリーミーなダンストラックで、成熟と深化や変化を感じさせます。冷めているけど熱を帯びている、というような絶妙の温度感がすごい」
田中「プロデューサーは、トム・ヨークの『Suspiria』(2018年)などで知られるサム・ペッツ・デイヴィーズ(Sam Petts-Davies)。バンドのコメントにある〈自分自身と他の人のためにチャンピオンになること〉という言葉もいいですね。5月6日(金)にリリースされる『Radiate Like This』 がとても楽しみです」
Ethan P. Flynn “Father Of Nine”
天野「3曲目はイーサン・P.・フリンの“Father Of Nine”。イーサン・P.・フリンには、彼が参加したマーサ・スカイ・マーフィの“Stuck”を紹介したときに触れました。UKのシーンを追っているリスナーなら知っているであろう音楽家で、デヴィッド・バーンやFKA・ツイッグスらと共演し、スロウタイが〈(デヴィッド・)ボウイと同じくらい偉大〉と賛辞を送るロンドンの鬼才。昨年、ブラック・カントリー・ニュー・ロードと共演したライブ録音“Television Show (Live)”をリリースしていましたよね。そんな彼が今回リリースした“Father Of Nine”は、3月11日(金)にヤングから発表するEP『Universal Deluge』からのシングルです」
田中「ヒプノティックなオルガンのフレーズと、しわがれたボーカルで始まる冒頭から引き込まれますね。The Faderは60年代のサイケデリックロックやMGMTの『Congratulations』(2010年代)を引き合いに出していて、たしかにかつてのUSインディーっぽいサウンドかも。ただ、途中でドラムンベースのビートが入ってくるあたりはオリジナルです」
天野「フリンは、〈会ったことがない人どうしの複雑な家族の関係性についての曲〉〈必ずしもラブソングではない〉としていて、〈先祖はひどいやつらだったかもしれない〉〈いま存在する人が生まれるために、どれだけの数の結婚がなされたのだろう〉と哲学的なことを書いています。この謎めいた感じも魅力ですね!」