UKはロンドン出身、ベッドルームポップ界の寵児として登場して以降、世界中のリスナーを魅了してきたアレックス・オコナーのソロプロジェクト、レックス・オレンジ・カウンティ(以下、ROC)。彼が先日、新作『WHO CARES?』をリリースした。全編を〈オランダのポップマエストロ〉と称される才人、ベニー・シングスと共作したこのアルバムは、すでに高く評価されており、UKのアルバムチャートでは初登場で1位を記録。2020年代の新しいポップスター、ROCの誕生を印象づける好調っぷりを示している。
そんな本作を〈彼のキャリアのなかでもっとも普遍的な魅力を持ったレコード〉と評するのが、かねてからROCの熱烈なファンであることを公言してきたHomecomingsのギタリストにして作詞家、福富優樹だ。今回は、新聞や文芸誌に寄稿するなど文才にも定評のある福富に、『WHO CARES?』がどんな作品であるかを解説してもらった。結果的に、なぜ福富にとってROCの音楽は大切か、その理由に迫った原稿になっている。 *Mikiki編集部
壁掛け時計に書かれたことば、Who Cares
僕の家のリビングの壁側、ちょうどレコードプレイヤーが置いてある棚の上にはお気に入りの掛け時計が飾られている。エミリー・A・スプレイグというアーティスト(彼女が所属するフローリストというバンドもとても良い)が自身の部屋のなかで演奏するとても素敵な映像がある。そのなかでちらっとだけど、とても印象的に映りこむ掛け時計があまりにも可愛くて一目惚れしてしまい、eBayで必死になって探したのだ。
購入後、なぜかアメリカ中をぐるりと旅したあと、税関でしばらくひっかかり、1か月以上かかって家にやってきたこのヴィンテージの時計には〈Who Cares〉と大きく描かれている。時間ばかり気にしなくていいんだよ、というメッセージであろうそのことばは、コロナ禍で一斉にストップしていた社会や物事がオリンピックの熱に押されるように恐る恐る動きだすなか、自分だけが止まっているような気分になるような、名前のつかないような一日をただ積み重ねていくような生活において、僕を少し勇気づけてくれる気がした。ほとんどの時間をそこで過ごすことになった部屋にひとつでも、そんな安心できる場所があることが大切だったのだ。
名曲“Loving Is Easy”を生み出したベニー・シングスとの再タッグ
それから少し時間がたち、人間がウイルスとの戦いを終わらせないうちに、今度は国家によって起こされたさらなる悲しみが世界を包んでいる。そんななか、レックス・オレンジ・カウンティことアレックス・オコナーからいつものようにほとんどきっちりと2年ぶりに届いた新作のタイトルは『WHO CARES?』だった。
2分半の魔法のような名曲“Loving Is Easy”(2017年)を共に生み出したベニー・シングスとのコラボレーションで全編が制作されたという今作は、その前情報から想像した通り、温かで優しい手触りのレコードだ。ほとんどの演奏をベニー・シングスが手掛け、1曲目の“KEEP IT UP”の冒頭からほぼすべての曲で登場し、このレコード全体の印象を決定づけるほどに印象的なストリングスのプログラミングもすべて彼の手によるものだ。
なかでも“AMAZING”のイントロにおける弦の重なり方は、アレックス本人が影響を公言し、“You’ve Got A Friend In Me”※のカバーで共演まで果たしたランディ・ニューマンの楽曲を彷彿とさせ、両者のファンである僕はとてもぐっときてしまった。
さまざまな楽器の音が飛び交いつつも、絶妙にベッドルーム感/箱庭感を漂わせるプロダクションはさすがベニー・シングスといったところで、これまでの作品と比べてよりいっそうシンプルになったソングライティングと抜群の相性の良さをみせているように思う。細かいところでいうと“7AM”や“WHO CARES?”で刻まれるピアノの感触に、とりわけシングスの記名性を感じてキュンとしてしまった。