COLUMN

チェルフィッチュ × 金氏徹平「消しゴム森」 モノも観客になる岡田利規の新作が仕掛ける、2度目の地殻変動

チェルフィッチュ × 金氏徹平「消しゴム森」 モノも観客になる岡田利規の新作が仕掛ける、2度目の地殻変動

消しゴムのカスから生まれる詩

 カルチャーであれスポーツであれアカデミズムであれ、数十年に一度、そのジャンルのレベル、対象や枠組みなどを一気に更新してしまう才能が現れる。演劇で最後にそれをしたのが、チェルフィッチュというカンパニーを主宰し、劇作と演出を兼ねる岡田利規だ。岡田は、2004年に発表した「三月の5日間」で日本の演劇シーンに大きな地殻変動を起こした。同作の初演時の規模はとても小さかったが、翌年の岸田國士戯曲賞(演劇界の芥川賞とも例えられる劇作家の登竜門)を受賞したのをきっかけに、斬新なスタイルが多くの注目を集め、賛否の渦を巻き起こし、さらに、日本での評価を追い抜く勢いで海外からの公演依頼が殺到した。

 「三月の5日間」は問いかけだった。出てくる俳優は基本的に前を向いたまま延々と喋り、その発声や体は、舞台俳優にありがちな鍛えられたものではない。俳優達は話の内容とは無関係に見えるグニャグニャした動きを繰り返す。観客がその空気に慣れてきた頃合いに、俳優が「これから演劇を始めまーす」と言う。ひとりの人物がいつの間にか異なる俳優によって演じられている――。そのいずれもが、従来の演劇が腐心してきた、いかに観客に〈演劇を観ていることを忘れさせるか〉とは真逆からのアプローチで「それでも演劇は観客の集中力を獲得できるか?」に挑み、「これまでと同じ方法で演劇は現代に呼応できるのか?」と問うものだった。

 そんな岡田が、最新作「消しゴム山」で、2度目の地殻変動を仕掛けた。この作品ではなんと観客が人間に限定されていない。

 創作の狙いについて、HPにこう書かれている。「いま・ここにいる人間のためだけではない演劇は可能か? 人とモノが主従関係ではなく、限りなくフラットな関係性で存在するような世界を演劇によって生み出すことはできるのだろうか?」 続けて、このコンセプトを立ち上げたきっかけが、17年に岡田が初めて東日本大震災の被災地、陸前高田を訪れた際に、人工的にかさ上げされた巨大な防波堤を目にして、人間中心主義に疑問を持ったことがあるとされている。

チェルフィッチュ × 金氏徹平『 消しゴム山』、ロームシアター京都、KYOTO EXPERIMENT 2019
Photo by Yuki Moriya, Courtesy of Kyoto Experiment

 この作品が10月にロームシアター京都で世界初演された。作品の詳細を書く前に「消しゴム山」は岡田と共に、美術家の金氏徹平がクリエイティブのもうひとりの柱として関わっていることを記しておかなければならない。過去にも数度、コラボレーションしているふたりだが、今作で金氏は、これまで以上に作品の根幹と関わり、空間的な演出も行うセノグラフィーという役割を担っている。人とモノのフラットな関係を探る作品であれば、当然、モノのプレゼンテーションは重要だろう。

 実際、舞台上には所狭しとさまざまなモノが置かれていた。テニスやバレーのボール、手袋、サッカーゴールのように目的が明確なものもあれば、透明なアクリルケース、地中に埋める土管の一部のような曲がったチューブなど、用途がすぐにはわからないものもある。形、色、素材はバラバラで、とは言え、まったく見慣れないものはない。ただ全体的に球状のものが多く、舞台にドットを中心にしたグラフィックが描かれているようにも感じたし、何かの途中のモノ達が集まっているようにも見えた。

 内容は3部構成。第1部は洗濯機が壊れて修理を頼んだ男の話、第2部は公園に出現した謎の物体がタイムマシンではないかという話から、スクリーンに映し出された人間が舞台上のモノ達に時間の概念について言い聞かせるシーンへ、そして第3部は、俳優達がモノを片付けながら「松の木にバスタオルが引っ掛かっているのには、観客がいなかった」など、屋外で、あるいは建物の中で、誰の目にも触れることなく変化したり存在し続けるものについて語って終わる。つまり、ストーリーらしいストーリーはなく、コンセプトである人とモノの関わりも、わかりやすい答えが示されるわけでもない。むしろ、意味がまとまりそうになるとモードが切り替えられ、曖昧さ、たどたどしさへ導かれる引力が働いている。劇的な時間が立ち上がるきっかけはいくつも用意されているが、劇的な時間に価値を持たせない仕掛けがこの作品にはある。それは演〈劇〉なのかという意見もあるかもしれないが、劇的にならない舞台に漂っていたのは詩だった。

 消しゴムを使うと消しゴムかすが生まれる。消しゴムとかすの総量はほぼイコールだが、かすのほうには汚れが付着する。それが詩ではないか。山を削って防波堤をつくる。移動させた土は元の土のままか。そうではないことを伝えるのが芸術ということだ。

 また、劇場で上演された「消しゴム山」は、美術館で上演する「消しゴム森」とセットで企画された。この何年か、国内外の美術館に演劇を持ち込む方法を探ってきたチェルフィッチュが、いよいよ本気で演劇と美術の境界線を揺らそうとしている。どんな問いかけでその線を溶かそうとしているのか、森に迷い込む覚悟で確認したい。

 


EXHIBITION INFORMATION

チェルフィッチュ × 金氏徹平 消しゴム森
○2020/2/7(金)~2/16(日)
会場:金沢21世紀美術館 展示室7〜12、14
www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=45&d=1778

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