インタビュー

Super VHSの涼やかでフェティッシュでエスノな〈軽音楽〉

和モノ愛が詰まった新作『Theoria』を語る

(左から)堀内裕真、入岡佑樹、楢原隼人

2000年代後期から現れた〈チルウェイヴ〉や〈グローファイ〉といったインディー・ミュージックの潮流に呼応するように、ここ日本にも様々に魅力的なバンドに彩られたシーンが興っていたことを記憶する人は少なくないだろう。

ムーヴメント初期、それぞれに切磋琢磨しあった彼らは、その後様々な離合集散を経ながら、この2010年代を通して確実にその音楽性を深化させ、個性豊かなサウンドを奏でてきた。インディー・ロックのスタイルを受け継ぎながらも、リスナーとして常に同時代の音楽にアンテナを張り巡らせて創作を行ってきた彼らの姿は、一見〈ドリーミー〉な音楽と好対照を成すように、常に先鋭的なアティチュードに裏打ちされたものだったと思っている。

2011年頃からカセットのリリースやコンピレーションへの参加を行い、2015年には盟友・Teen Runnings主宰のレーベル〈SAUNA COOL〉よりアルバム『CLASSICS』をリリースしたSuper VHSは、まさしくそういった潮流の中核を担ってきた存在と言っていいだろう。

当初からインディー・ポップや80年代ニューウェイヴからの影響を濃厚に漂わせていた彼らの音楽だが、2019年4月にリリースしたmei eharaとのコラボレーション7インチ・シングル『魚の恋』(なんと、わたせせいぞう描き下ろしジャケット!)を経て、80年代の日本産テクノ・ポップやニュー・エイジ、エスノ・ポップ等、昨今再発見されつつある〈和モノ〉へと大胆に接近することとなった。今回届けられた4年ぶりのアルバム『Theroria』は、まさにそうしたモードにおける集大成的な作品と言ってよいだろう。

〈YMO歌謡〉への偏愛を隠さない新鋭宅録作家、tamao ninomiyaをゲスト・ヴォーカルに迎えるなど、これまでのバンド・イメージを刷新するような〈オマージュ〉に溢れた内容でありながら、一方で2020年代を予見するような確実に〈新しい〉質感も湛えた本作。いかにしてこの注目すべきセカンド・アルバムを作り出したのか、バンドのこれまでの歩みも振り返りつつ、フロントマン・入岡佑樹に話を訊いた。

Super VHS Theoria NEW FOLK(2019)

 

Super VHS結成に至るまで

――まずは入岡さんとバンドのプロフィールから教えて下さい。遡って、積極的に音楽を聴くようになったのはいつから?

「最初は小学校の頃ですね。小室(哲哉)サウンドとか、J-Pop黄金期ドンズバ世代なので、テレビから流れてくるそういう音楽が自動的に耳に入ってきて。自覚的に聴くようになったのは中学生になってから。

実家は相模原の田舎の方なんですけど、近所のブックオフに入り浸るようになって(笑)。そこで、ゆらゆら帝国とかサニーデイ・サービスとか、J-Pop以外の日本のロックや、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどの昔のロックの作品を買って聴く生活。そこから派生して、はっぴいえんどを聴きつつ、URC系とか70年代の日本のフォークにハマって」

――自分で演奏を始めるのはいつから?

「中学の卒業式にみんなの前でTHE BLUE HEARTSの“夢”を友達と2人でコピーしたのが最初ですね。めちゃくちゃ青い……。そのあと高校に入って、学園祭でよくある感じのコピバンをやったり。で、そんな中で知り合った友達をもとにして、後のSuper VHSにつながる原型が出来てきた感じです」

――じゃあ大学でもバンド活動をバリバリ……。

「いや、大学では普通にテニス・サークルに入って」

――え、モテそう。

「あ、一般的なイメージとは違って、そんなチャラい感じじゃなくて、バリバリ硬式テニスをやるサークルだったんです(笑)。それと並行して、バンドもなんとなく趣味としてやっている感じでした」

 

2010年代前半、ドリーム・ポップとチルウェイヴとグローファイの時代

――本格的にオリジナル作品を演奏するようになったのはいつから?

「新卒で普通に就職したんですけど、すぐ辞めてしまって。これからどうしようかなっていうときに、何故か突然〈フジロック〉の〈ROOKIE A GO-GO〉に出たいなって思ってしまったんです。で、高校と大学のときの友達に声をかけて〈一緒にやろうぜ〉って。結果は……まあ、そんな適当な感じじゃ当然出れないですよね(笑)。

色々とメンバー・チェンジがありながら、Super VHSの名前で活動しだした2010年前後から、今も仲良くしているTeen Runningsの金子(尚太)くんや、möscow çlub、Cuz Me Painとかと繋がっていってイベントに出演するようになった感じです」

――その頃は海外発でチルウェイヴやドリーム・ポップなどの盛り上がりがありましたけど、日本からそれに呼応する人たちが出てきて、面白いシーンが形成されてる!という印象がありました。

「間違いなく向こうのそういう動きは意識してましたね。いわゆるUSインディー的なものをちゃんと追うようになったのはそれより少し前、アニマル・コレクティヴが『Strawberry Jam』(2007年)を出した辺りから。それからは、ベスト・コーストやウォッシュト・アウトが出てきて、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルとかも追いかけるようになって。〈グローファイ〉ってジャンル名も出てきたり。懐かしい……」

アニマル・コレクティヴの2007年作『Strawberry Jam』収録曲“Fireworks”

――そして、カセットテープの発表やコンピレーションへの参加を積極的に重ねていく……。

「そうですね。でも、最初のうちは壊れたヘッドホンをマイク代わりにしたり、ひどい環境で作っていて(笑)」

――それは所謂〈ローファイ〉的なものにシンパシーがあったから?

「それもありましたけど、あの時期の海外のアーティストはローファイとされながらも、なんだかんだちゃんとしているじゃないですか(笑)。

それに比べるとクォリティー的に自信を持てるものが作れるか不安だったんですけど、SAUNA COOLのレーベル・オーナーでもある金子くんや周りのみんなが〈アルバムを出した方がいいよ!〉と言ってくれて、〈頑張ってみるか!〉と。でもまあ、やっぱり制作は大変で、予定より1年遅れてようやく出せたんですけど」

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