トリプル・ギターを擁する6人体制で帰還した日本ポスト・ハードコア界の雄。長い夜を経て完成した新作に映る、光量を増した風景とは――?

一人でもenvyをやる

 日本ポスト・ハードコア界の重鎮envyが新体制で戻ってきた。2016年に深川哲也(ヴォーカル)がバンドを離脱した後、4人編成で活動を続けるも、2018年2月にはギターの飛田雅弘とドラムスの関大陸が脱退。そこからの動向に注目が集まったが、同年4月の自主企画で深川が復帰し、heaven in her armsの渡部宏生(ドラムス)、9mm Parabellum Bu­­lletの滝善充(ギター)、killieのyOshi(ギター)をサポートに迎えた6人編成で新たなスタートを切った。

 「2人になったときは、僕はもうenvyを止めようと思いました。中川(学、ベース)に〈新しいことをやろう〉って言ったんですけど、彼は〈俺は一人でもenvyをやる〉って。その一言がカッコ良すぎて、そこで〈もう一回やろう〉ってスイッチが入りました」(河合信賢、ギター)。

 「バンドは高校からずっとやってるんでライフワークみたいなものだし、envyは大好きなバンドだし、好きなことを止める意味がわからないし、止める必要ねえかなって。良い音楽や、活動の仕方をしてると思っているし、それは世の中にもっと出していきたいなって、単純に思ったんです」(中川)。

 「僕は一度バンドを離れてからメンバーの誰とも連絡を取ってなかったんですけど、MONOのYodaと久しぶりに飲んだときにGotoさんとも偶然会って、〈今からノブくん(河合)に電話してもいい?〉って言われて」(深川)。

 「Gotoさんから電話がかかってきて、〈一度二人で会ってみれば?〉と言われ、久しぶりに電話で話したあと、バンドの話は抜きで二人で酒を飲みに行きました。二人でゆっくり飲むのは初めてだったかもしれません。音楽の話じゃない近況やら何やら。とても新鮮な時間でした。その後メンバー脱退を経て、中川の言葉でもう一度やろうと決めたあと、覚悟を決めてテツに会いに行き、〈もう一回俺と中川に時間を貸してくれないか?〉と伝えました。envyのヴォーカルはテツしかいないので」(河合)。

 「バンドに戻る理由は周りの人の意見も聞いて自分なりに考えたんですけど、まだやりたいことがあったし、続けたいと単純に思ったので、戻ることにしました。でも、その時点ではまだ3人だったから、まずRocky(渡部)に連絡して、もう一度サポートしてくれないかと話しました」(深川)。

 「envyはもともと僕らの先を行ってる先輩だったし、2015年のツアー・サポートでもたくさんの経験をさせてもらっていて、世代を超えて同じ土俵でバンドをやれてすごく刺激的でした。なので、まだ自分にできることがあるなら、やりたいなって」(渡部)。

 「僕はもともとRockyと大学の先輩/後輩っていう関係がありつつ、当時は腕の不調から一時ライヴ活動を休養していた時期で。それから少し経って、〈よし、9mmに戻るぞ〉って筋トレを始めた2日後にノブさんから電話がかかってきたから、これは絶対やりたいなって」(滝)。

 「自分はもともとenvyを初めて観たのが北京に住んでた頃で、14歳くらいでした。当時の北京はパンク・シーンが出来たばかりで、基本的にバーとかでライヴをやったりしてましたが、envyはクラブで30ワットくらいのクソ小さいアンプで爆音を鳴らしてましたね(笑)。ただ、あの頃からめちゃめちゃカッコ良かったですよ。自分にとってenvyはずっと意識してきたバンドだし、尊敬しているバンドだけど、一回ノブさんと揉めたことがあって、10年会ってなかったんですよ。でも、3年くらい前にkamomekamomeの向(達郎)さんが間を取り持ってくれて、久々に話したら、envyの考え方もわかったし、共感できたんですよね。で、その後にノブさんから連絡があったんですけど、僕killieでベース弾いてるのに、〈ギターで入ってくれないか?〉って言われたから、〈この人何言ってんだ?〉って思って(笑)」(yOshi)。

 「もともと6人編成で、トリプル・ギターでやってみたいっていうイメージがあって、サッカーで例えるなら、俺はミッドフィルダー、滝がセンターフォワードで、もう一人、シンプルにセンスの良いことをやってくれる、ボランチみたいな奴が欲しくて。要はベースみたいな役割ができて、泥臭くてもいいから、気持ちがある奴いないかなって思ったときに、〈一人いたわ。俺にガチでケンカ売ってきたあのクソガキだ……誘おう!〉って(笑)。この6人で演奏するときはサポートだからどうとかステージ上ではまったく関係ないし、音楽を奏でるうえで最高のメンバーだと思ってます」(河合)。

 

音楽楽しい!

 新体制の初作となったのが、2018年11月に発表されたシングル『Alnair in au­gust』。ここで披露された“Dawn and gaze”と“Marginalized thread”は〈6人みんなでアイデアを出しながら、あっという間に出来た〉という。

 「今回はエンジニアも新しい人で、今ツアーでPAもやってくれてる山ちゃん(山下大輔)なんですけど、彼もいろんなアイデアを出してくれて、それも含めてバンド感があったんです。〈バンドのレコーディング〉って感じがした」(中川)。

 「録ってるときは結構バタバタで、明日どうなるかもわからないような状態でやってたんですけど、でもそれがすごく楽しくて。またすぐにでも次を作りたいくらい」(滝)。

 「バンドに戻って最初に書いた歌詞が“Dawn and gaze”だったんです。バンドを辞めてたときに考えてたこと、サポートしてくれた家族だったり、自分の周りの環境や仲間たちについて書きました。『all the footprints you've ever left and the fear expecting ahead - 君の靴と未来』(2001年)の頃の反抗精神みたいなテンションの歌詞は、今の僕にはもうない。守らなきゃいけないものや見えている景色が当時とは違うので、今回は希望だったり、光が見えるような歌詞が大半になってますね」(深川)。

envy The Fallen Crimson SONZAI(2020)

 激動の期間を経て、先述の2曲も含む約5年ぶりのニュー・アルバム『The Fallen Crimson』がついに完成。フレッシュでエネルギッシュなサウンドに満ち、“HIKARI”というタイトルの曲もあるように、確かに過去の作品よりも光量の多い印象を受ける。河合によるヴォコーダー使いや、“Rhythm”に参加したAchikoの透明感のあるヴォーカルも、そんな雰囲気を強めている。

 「一度4人になったときは僕がヴォーカルをやろうとしたんですけど、どうしても自分の声が嫌で、そこでたまたまヴォコーダーと出会ったんです。〈この時期じゃないと出来ないアルバム〉にしたかったんで今回はふんだんに取り入れてるんですけど、今後はどうなるかわからないから、〈ヴォコーダー・ハードコア〉とか書かないでくださいね(笑)」(河合)。

 「“Rhythm”に関しては、滝が〈女性ヴォーカルが合いそうだし、いいんじゃないですか?〉って言ってくれたんです。僕Achicoさんの声がとても好きで、Ropesもすごい好きだからAchicoさんに歌ってもらいたいと思い、知り合いを介して音源を送ったらすぐに歌を入れてくれて、それがもう100点でした。メロディーラインは滝が考えてくれて、歌詞は女性が〈僕〉って歌う感じが好きなので、女性が歌うことを意識して書きました」(深川)。

 もちろん、静と動のコントラストを最大の特徴とするスケールの大きな世界観はまさにenvyそのもの。トリプル・ギターによる厚みを増したアンサンブルによって、そのダイナミズムはこれまで以上のものになっている。

 「自分はもともとベーシストなので、ギターに持ち替えるときは弦の押さえ方やピッキングに気を遣うようにしてます。envyに入ったばかりの頃は、弦を押さえるときに力が入っちゃったりしてたんですよね。クリーンだとそれで音程がズレちゃったりするので、ギターの二人にアドバイスをもらいながら調整していきました。自分は基本的にギターの二人とベースの間で〈音の壁〉のような音を出すことを意識してるんですけど、“Dawn and gaze”とか“Statement of freedom”には自分が前に出るリフも入れてるんで、ぜひ聴いてほしいですね」(yOshi)。

 「まだ全体像が見えてないなかでレコーディングすることも多くて、特に僕は最初に録るからプレッシャーもあったんですけど、何にしろこれまでとは違うものになると思ったから、〈自分のなかのenvyっぽさを持ちながらも、どう思い切りよく叩けるか〉を意識しました。1曲単位でも、アルバムを通しても、今のenvyでしかできないことにチャレンジできたと思っています」(渡部)。

 アルバムのラストを締め括るのは、本作のなかで最初に着手して、最後に完成したという“A step in the morning glow”。〈朝焼け〉を意味するタイトルは、長く厳しい夜を越えて、朝を迎えた現在のバンドの姿とシンクロする。

 「一度ゼロに戻れたので、今はルーキーみたいな気持ちで〈音楽楽しい!〉って感じなんですよ(笑)。次のアルバムも5年後とかになったら50歳を越えちゃうんで、残された時間を有意義に、フレッシュな気持ちを失わずにやっていきたいですね」(河合)。

 

envyの作品を紹介。