駆け出しの2パックが出演した幻の映画が国内リリース!
90年代ブラック・ムーヴィー/フッド・フィルムを代表する作品の一つにして、2パック(2Pac)ことトゥパック・シャクール(Tupac Amaru Shakur)が若き日に出演した映画として知られる「ジュース」。本国では92年1月に公開されるも、日本では長らく観ることのできない状況にあった幻の作品が、このたびBlu-ray/DVDとして初めて国内リリースされることとなった。そこで本作の制作の背景から2パックのその後にもたらした影響まで、多角的に解説していきたい。
作品そのものは、「ドゥ・ザ・ライト・シング」(89年)などのスパイク・リー作品で撮影監督を務めてきたアーネスト・R・ディッカーソンの監督デビュー作であり、後に北野武の監督作「BROTHER」(2000年)でも好演するオマー・エップスが主演。マリオ・ヴァン・ピーブルズ監督の「ニュー・ジャック・シティ」(91年)やジョン・シングルトン監督/アイス・キューブ主演の「ボーイズ'ン・ザ・フッド」(91年)などフッド・フィルムの名作が相次いだ90年代初頭にあって、この「ジュース」が語り継がれる作品となっている理由は、やはり独特の雰囲気を放つ2パックの異様な存在感だろう。いまや彼自身が伝記映画「オール・アイズ・オン・ミー」(2017年)の題材になるほどのアイコンであることは言うまでもないが、そんな不世出のラッパーが最初に大きな脚光を浴びたきっかけこそ、この作品における名演だったのだ。
その後の〈サグの権化〉というイメージに反し、2パックがもともと演劇青年であったことも近年では衆知の事実かもしれない。ただ、この映画の配役オーディションを経て撮影が行われた91年初頭の彼は、まだ所属するデジタル・アンダーグラウンドの“Same Song”にて初めてヴァースを与えられたばかりの駆け出しの時期。ちなみにその“Same Song”がダン・エイクロイド監督の映画「絶叫屋敷へいらっしゃい!」(91年)にフィーチャーされ、2パックもカメオ出演ながら銀幕デビューを果たしている……という余談はともかく、「ジュース」で彼が得たビショップという配役は、その後の彼自身のアーティスト性にも(結果的に)大きな影響を及ぼしていくことになった。
物語は、NYのハーレムに暮らすQ(オマー・エップス)、ラヒーム(カリル・ケイン)、スティール(ジャーメイン・ホプキンス)、ビショップ(トゥパック・シャクール)という4人の高校生が拳銃を手に入れたことから道を踏み外していく顛末を描いている。〈ジュース〉といえば、近年はリゾが“Juice”で〈魅力〉というポジティヴな意味を強調したのも記憶に新しい単語だが、本作が表題に掲げる〈ジュース〉とは〈力〉や〈敬意〉といった意味合い。かつてOZROSAURUSがジャケごとオマージュを捧げた『JUICE』(03年)の表題曲をはじめ、ザ・ゲームの“Who Got The Juice”(06年)やミーク・ミル“I Got The Juice”(15年)に至るまでヒップホップ方面ではポピュラーな用法でもあり、ここでは〈ストリートでの威信〉のようなニュアンスで用いられている。
その〈ジュース〉を得るための方法として、主人公のQとビショップがそれぞれ対照的なアプローチを選ぶ様子が印象的だ。DJとして成功したいQはDJバトルのコンテストにエントリーを果たす一方、友人が強盗事件を起こして警察に射殺される様子に刺激を受けたビショップは、自分たちも拳銃を手に入れて強盗することを提案し、その企てが4人の友情を壊していくことになる。叶えたい夢に近づきながらも犯罪に加担してしまうQだったが、近所の商店に押し入った際にビショップは店主に発砲し、逃走中に口論となったラヒームも手にかけてしまうのだった。家では親に叱られ、街では対立するプエルトリコ系の集団と揉めたり、レコード店で万引きを楽しんだりする4人の日常を描いたストーリー前半部分は黒人コミュニティーを舞台とした青春映画のようなノリで進行していくが、銃を手にしたビショップの万能感が刹那的な暴走を始める後半は急展開でサスペンスな雰囲気へと流れ込んでいく。
ビショップの内面は明確に描かれないものの、ラヒームの家族の前で大仰に悲しんで見せたり、Qに罪を被せようとバーの店主(無名時代のサミュエル・L・ジャクソン)に嘘を吹き込んだりする狡猾な悪漢ぶりを、2パックは強烈な存在感で見事に演じきっている。オマー・エップスの陰鬱な好演も良い対比として機能しているのだろうが、粗暴さと繊細さの入り交じった2パックの表情や衝動的な台詞のスピットに、後のカリスマ性のようなものを感じ取る人は少なくないはずだ。最終的に発砲を繰り返したビショップはQと対峙し、物語は悲劇的なエンディングを迎えるのだが、そんな呆気ないほどの幕切れに漂う虚しさもいい。「ドゥ・ザ・ライト・シング」や「ボーイズ'ン・ザ・フッド」のように教訓やメッセージが前に出るタイプの作品ではないものの、何とも言えない後味を残す作品なのは確かだ。
先述したように、ビショップを演じたことへの好意的な反響は、2パックのキャリアのみならずアーティスト性にも大きく作用した。この「ジュース」の撮影終了後に彼がレコーディングし、映画公開前の91年秋に発表された初のソロ・アルバム『2Pacalypse Now』では、ブラック・パンサー党の血を引く社会派ラッパーの姿が確認できる。それに対し、93年の2作目『Strictly 4 My N.I.G.G.A.Z...』では、ビショップのフィルターを通して彼を見る世間の期待に応えるかのように、威嚇的で刹那的なキャラクターとしての2パック像が立ち現れてきているのだ。実際に「ジュース」以降の彼はさまざまなトラブルに身を投じていくこととなる。そのようにして他者の抱くイメージに自身の振る舞いを一体化させていった結果、彼がどのような生涯を辿ったのかは言うまでもないだろう。
で、そうした側面とは別に、映画そのものが90年代ヒップホップ・カルチャーの雰囲気を伝える記録として機能しているのもポイントで、当時のラフなストリート・ファッションが何周かして現代にフィットしてくる部分も多いはず。〈ダサいレコード〉として挙げられるユビキティの『Starbooty』(78年)など、映り込んでくるジャケやポスターなどにニヤリとさせられる点も多々あるし、クラブのシークエンスでは純粋にDJバトルのカッコ良さを味わえるはず。キャストでは、Qの恋人役をシンディ・ヘロン(アン・ヴォーグ)が演じているほか、クラブのMCを演じるクイーン・ラティファ、EPMDの2人、オラン“ジュース”ジョーンズといったアーティスト、さらにドクター・ドレ&エド・ラヴァーやファブ5フレディといったヒップホップ史上の重要人物たちが出演。ちなみに、もともとビショップ役の候補だったというトレッチ(ノーティ・バイ・ネイチャー)がチョイ役で顔出ししているというトリヴィアもある。
さらに、そういった舞台装置を支えるのは音楽面の秀逸さで、日本でもこの映画がヒップホップ/R&B好きの間で別格視されてきたのは、当時も大ヒットしたサウンドトラック人気の高さゆえだろう。サントラの総監督をパブリック・エナミーの参謀ハンク・ショックリー(ボム・スクワッド)が担っているあたりにディッカーソン監督らしいスパイク・リーからの流れも汲みつつ、オープニングを軽快に飾るエリックB&ラキムの“Juice(Know The Ledge)”から、終盤の緊迫を煽るサイプレス・ヒル“How I Could Just Kill A Man”(サントラには未収録)、エンディングのノーティ・バイ・ネイチャー“Uptown Anthem”まで、まだBPMが早かった90年代初頭らしいトラックが物語のテンポを鮮やかに演出している。また、レコード店で流れるテディ・ライリー&タミー・ルーカスのクラシック“Is It Good To You”や、ラヴシーンで用いられたアーロン・ホール“Don't Be Afraid”といったR&Bもポスト・ニュー・ジャック時代ならではの洒脱な情緒を届けてくれるだろう。そうした時代のグルーヴがヒップホップ世代の役者たち(オマー・エップスもラッパー歴がある)の振る舞いを瑞々しく輝かせている点こそ、本作の最大の魅力と言っていいかもしれない。
蛇足ながら、2パックの出演作ということではジャネット・ジャクソン主演の「ポエティック・ジャスティス/愛するということ」(93年)も昨年ようやくBlu-ray化されたばかり。優しい演技の光るそちらも併せて観てもらえれば、2パックの俳優としての多面性をさらに深く知ることができるはずだ。
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