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ゲイとしての葛藤と苦しみから、その気高さの肯定へ――パフューム・ジーニアスの歩み

そもそもデビュー作『Learning』(2010年)の頃から、パフューム・ジーニアスにおける命題は自分をさらけ出すことだった。ボロボロの録音による繊細なピアノ・バラッドに綴られていたのは、薬物依存、自殺願望、虐待といったハドレアス自身のヘヴィーな経験だ。そして、ゲイである自分の〈欲望〉を受け入れられなかったことも。震える声と呼吸がそのまま封じこめられた歌はあまりに生々しく、聴く者を緊張させる迫力すら有していた。それがどれほどダークなものであったとしても、ハドレアスのフラジャイルな歌たちは、彼にとってどうしようもなく真実だったのだ。

セカンド・アルバム『Put Your Back N It』(2012年)は、メランコリックなバラッドの魅力はそのままに、飛躍的に録音を向上させた一枚だ。そのことでサウンドはよりドラマティックになり、エモーションの幅も広がっている。シングル“Hood”のミュージック・ビデオではゲイ・ポルノ俳優のアルパッド・ミクロス(ドラッグのオーヴァードーズで2013年に他界)と自ら裸体をさらけ出しているが、その曲では外では恋人と手も繋げないゲイの青年の葛藤が歌われている。

2012年作『Put Your Back N It』収録曲“Hood”

それはまさにハドレアスにとっての真実だったわけだが、当時、このイメージを使ったプロモーション・ビデオがYouTubeに〈家族に対して安全でない〉として禁止されるという騒動が巻き起こった。それは社会がいかにクィアのセクシュアリティーを覆い隠そうとしているかを示す出来事で、ハドレアスのパーソナルな〈欲望〉――ゲイとして堂々と生きたいという願いは、21世紀にあってなお困難に直面していることが皮肉にも証明されてしまったのだ。

しかし、だからこそと言うべきなのだろう……パフューム・ジーニアスの歌はその頃からクィアとして生きていくことの気高さを帯びはじめる。3作目『Too Bright』(2014年)はシンセ・サウンドを大幅に導入することで、華やかな輝きを獲得した一枚である。

2014年作『Too Bright』収録曲“Queen”

シングルとして発表された“Queen”はそのダイナミックな変化を象徴するナンバーで、〈クィーン〉なるタイトルからもわかるように、グラム・ロック的にゴージャスなクィア・アンセムになっている。〈わたしが颯爽と歩くとき/それは家族に対して安全でない〉というフレーズは明らかに先述したビデオの騒動に対する回答であり、たとえ社会の抑圧があったとしても、わたし(たち)は屈しないという宣言だ。

4作目『No Shape』においてもサウンドの拡張はやむことがなく、とりわけロブ・ムースが手がけたストリングス・アレンジによって、エレガントなオーケストラル・ポップの側面が強まっている。また、サウンド面で大きく貢献していると思われるのは、アラバマ・シェイクスやジョン・レジェンドとの仕事で知られるプロデューサー/ギタリストであるブレイク・ミルズ。ミルズはギターやピアノ、パーカッションだけでなくタブラやメロトロンといった多様な楽器、さらにはプログラミングを担当していて、作品のカラーを華やかなものにしている。

2017年作『No Shape』収録曲“Die 4 You”

アルバム全体のフィーリングも初期に比べてはっきりと開放的になっていて、ハドレアスが自身の存在を肯定的に捉えるようになってきたことが窺える。スロー・テンポでドリーム・ポップ調のナンバー“Die For You”のビデオではハドレアスが優雅な身のこなしのダンスを披露しているが、幼少期の自身の身体への否定をモチーフにした楽曲が初期にあったことを思えば、自分自身の肉体と芯から和解するような温かさがここには宿っているように感じる。