パフューム・ジーニアスが新作で表現する自身の解放、そのダイナミズムと喜び
自身の身体性への問いは、2019年にケイト・ウォーリックの振付によるバレエ作品「The Sun Still Burns Here」に音楽を提供したことと同作にダンサーとして参加した経験も大きかったそうだ。その舞台に対する海外のレビューを読むと〈エロティックかつ、身体と音楽の関係性の探究〉などと評されているが、そうした主題はそのまま『Set My Heart On Fire Immediately』に引き継がれている。
掲げられたテーマは、愛、セックス、記憶、身体とのこと。そうした根源的なモチーフに取り組むために、サウンドの幅はさらに広げられた。冒頭で書いた“Describe”だけでなく、多くの音楽要素が参照されていて、よりポップに、カラフルに、鮮やかに響くアルバムだ。古典的なフォークやスタンダード・ポップに影響されたソングライティングは残しつつ、“Without You”での軽やかなフォーク・ロック、“Jason”での絢爛なバロック・ポップ、“Your Body Changes Everything”でのダークなエレクトロからチェンバー・ポップへの飛翔、“Nothing At Al”でのワイルドなロック……とアレンジの多彩さとよくコントロールされたプロダクションで聴かせる。プロデューサーは引き続きブレイク・ミルズで、ギターなどによるざらついた音とストリングのスムースな音が共存していることで、心地よい緊張感がある。極端に音を減らしたなかでハドレアスの幽玄な歌とコーラスが広がる“Moonbend”など、実験的なナンバーも際立っている。
また、シングル“On The Floor”などによく表れているが、50年代以前のスタンダード・ポップ、ドゥワップ、ソウルなどの伝統的な音楽要素がふんだんに取りこまれているのも本作の特徴だ。ハドレアスはここで、自身をアメリカの伝統的なポピュラー・ミュージックに連なる存在だと宣言するようなのである。
“On The Floor”のビデオのなかで土に汚れつつタンクトップ姿で踊るハドレアスは、アメリカで理想とされてきた男性像を引用しているようだ(冒頭では葉巻を咥えている)。そうしたクラシックにセクシーなイメージを引き出しながら、ビデオの後半では別の男性ダンサーが現れて、やがてふたりは官能的な身体のやり取りを見せる。それは伝統的なアメリカの風景やモチーフに現代的な視座からクィアを持ちこむということであり、と同時に、どんな時代にもクィアは偏在したのだと示すことでもある。そこで、パフューム・ジーニアスらしい甘いメロディーが余韻を残して去っていく。
まどろむようなタッチのチェンバー・ポップ・ナンバー“Just A Touch”において、他者と肌を重ね合わせることをハドレアスは柔らかな声で求める。そのエレガントさ、エロティックさ。誰かを心と体で求めることを、このアルバムはどこまでも柔らかい音で包みこむかのようだ。それは、自分を受け入れられなかった過去との決別でもある。
かつて、かすれるような声で自分自身を苦しめてしまうことを赤裸々に歌っていた青年は、それとまったく同じ正直さでもって、誰かを切実に求める自身の心と身体――その〈欲望〉をこそ輝かせる。それはいまだに社会では受け入れられにくいものなのかもしれない。しかしだからこそ、『Set My Heart On Fire Immediately』は自身を解放することのダイナミズムと喜びを、わたしたちに手渡してくれる。