ファジル・サイの新作チェロ協奏曲でコロナ禍に立ち向かう若きチェロ奏者

 コロナ禍で外出禁止令が敷かれた4月のフランス、若きチェロ奏者カミーユ・トマは自宅の屋根に上がり、夕暮れ時のパリの空の下でグルック“精霊の踊り”を演奏した。その動画はSNSを通じて瞬く間に拡散し、ヨーロッパで大きな反響を巻き起こした。

 「辛いのは、みんな同じ。次の演奏会がいつ開催できるのか、まだ誰にもわかりません。でも、チェロという楽器と向き合い、自宅で練習を続けていると、いやなことをみんな忘れ、とてもポジティヴになれるのです。その気持ちを皆さんにもシェアしたくて。屋根のすぐ下はフラットになっているので、撮影は特に危なくなかったです(笑)」

 彼女が弾いている楽器は昨年、日本音楽財団から1年間の期限で貸与されたストラディヴァリウス〈フォイアマン〉だ。

 「昨年初めて東京を訪れ、楽器をお借りすることになりました。今回のステイホーム中は自宅でしか演奏できませんが、幸いなことに半年間の貸与延長が認められましたので、一日も早く日本に戻り、この楽器の素晴らしい音色をお聴かせしたいです」

 その〈フォイアマン〉で録音した彼女の最新盤『ヴォイス・オブ・ホープ』には、ファジル・サイが彼女のために書き下ろしたチェロ協奏曲“ネヴァー・ギブ・アップ”の世界初録音が収録されている。

CAMILLE THOMAS 『Voice Of Hope』 Deutsche Grammophon/ユニバーサル(2020)

 「2014年に(フランスのグラミーに相当する)クラシック音楽最高栄誉賞を受賞した時、ファジルと初めて面識を得ました。翌年、再びパリでお会いした時、彼のほうから〈チェロ協奏曲を書きたい〉と提案があったんです。ところがその後、パリ(2015年11月)とイスタンブール(2017年1月)に悲劇的なテロ事件が起きました。そこでファジルは、協奏曲の第2楽章でテロを描き、不屈の精神=ネヴァー・ギブ・アップをテーマにしようと決断したんです。人間の最も素晴らしい点のひとつは、より良き可能性を目指して諦めず、何度も挑戦していくことだと思います。2018年のパリ初演後、“ネヴァー・ギブ・アップ”は再演のたびに大きな成功を収めていますが、単にファジルの作品だからとか、あるいは音楽が美しいからといった理由で支持されているのではなく、私たちが生きている現在において、この曲が大きな意味を持っているからだと思うのです。昨年録音した時は、コロナウイルスで苦しむ現在とは状況が全く違いました。でも、コロナ禍によって多くの危機が生まれ、以前にも増して音楽の重要性が求められている今だからこそ、〈闇〉と闘う私たちを〈希望の光〉へ導く“ネヴァー・ギブ・アップ”を皆さんに聴いていただきたいと思います」