活況を呈するUKジャズ。2018年のコンピレーション『We Out Here』によって注目が集まる以前から、南ロンドンのシーンで活躍してきた男がいる。カマール・ウィリアムスだ。またの名をヘンリー・ウー(Henry Wu)。ジャズとダンス・ミュージックをストリート感覚で横断する独特の感性は、他に類を見ない。

そんなウィリアムスの待望の新作が、この『Wu Hen』。これまでの作品と同様にユニークなジャズ・アルバムとなった本作に、著書「リズムから考えるJ-POP史」が好評なライターのimdkmが迫る。本作のリズム&グルーヴの独自性とはどんなところにあるのだろうか? *Mikiki編集部

KAMAAL WILLIAMS 『Wu Hen』 Black Focus/BEAT(2020)

 

瑞々しさと堂々たるオーラをまとった新作『Wu Hen』

ヘンリー・ウー名義ではハウス・ミュージックのプロデューサーとして知られ、1枚のアルバムを残して解散したユセフ・デイズとのデュオ、ユセフ・カマールをはじめとした鍵盤奏者として注目を集めるカマール・ウィリアムス。彼が本名義では2018年のファースト・アルバム『The Return』に続く2作目となる『Wu Hen』をリリースする。

トリオ編成で、母親の家のダイニング・ルームで録音されたという(!)前作は、生々しく緊張感あふれるエネルギッシュなものだった。一方、『Wu Hen』はバンド・メンバーも増え、サウンドもよりブラッシュアップされたものになっている。とりわけ、ロンドンのハープ奏者アリーナ・ジェジンスカによるハープや、LAから海を超えて参加したミゲル・アトウッド・ファーガソンによるストリングスの響きは、繊細なニュアンスとタイムレスな強さを同時に感じさせる。冒頭を飾る“Street Dreams”の優雅さはその最たるものだろう。

ほんの9日間で、特にがっちりとしたコンポジションにとらわれず自然なプロセスを通じて録音されたという本作だが、瑞々しさと共に堂々としたオーラをまとっている。

 

生き物のようなドラム・プレイがバンドの演奏を貫く

先行シングルの“One More Time”は奇妙なキーボードのリフを中心としてやや性急な、つんのめるようなドラムの高揚感が印象的な一曲だ。同曲の終盤に登場するのと同じエレピのモチーフを引き継ぐ“1989”では、テンポが半分に下がって各楽器すき間の多いフレージングになる。ゆるやかなアタックでたゆたうファーガソンによるストリングスもあいまって、ある種対比的な構成に感じられる。

しかし、息をするように一打一打のニュアンスを変え、いきいきと動き回る生き物のようなグレッグ・ポールのドラムによって、〈速い/遅い〉といった表面的な(しばしば決定的な)違いを越えたバンドのヴァイブスが一貫している。ウィリアムスはそうしたポールのドラムをこう評している。「グレッグの演奏にはグルーヴがある。完璧に演奏しよう、みたいなことを変に意識せず、音の流れに従って、自然に作り出される雰囲気を活かすのがグレッグ。俺にとって彼の演奏は、馬が走る音のリズムみたいな感じなんだ」。

『Wu Hen』収録曲“One More Time”

その持ち味は“Pigalle”のようなストレート・アヘッドなジャズ(ただし、後半はややアフロビート的なフレージングの16ビートに移る)でもっとも冴え渡っているようにも思えるが、ハウシーな“Save Me”“Mr Wu”での4つ打ちのなかでも絶妙なスパイスとなっている。“Save Me”での16ビートのシャッフル具合や、“Mr Wu”のフィルの訛りはとてもスリリングで、それはウィリアムスがヘンリー・ウー名義で展開してきたディープなハウス・サウンドにかなり直接に通じているように思う。