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©「ジャズ喫茶ベイシー」フィルムパートナーズ

 この「ジャズ喫茶ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」(〈Swifty(すばしこいやつ)〉というのは、カウント・ベイシーが付けた菅原さんのニックネーム)は、やはり〈ベイシー〉と菅原さんの〈ジャズなオーラ〉に魅了された星野哲也監督が、その魅力をさまざまな角度から、とても丁寧に、愛を込めて綴ったドキュメンタリー映画だ。

 誰もがまず思う最大の難問は、いったいどうやって〈ベイシー〉の素晴らしい音響を映画で伝えるのか?ということだろう。星野監督が選んだ手段は、ヴィンテージ高級マイクを店の中に何本か立てて、それで拾ったスピーカーからの音を、ナグラ社のプロ用オープンリール・テープレコーダーに収録する、という、これ以上の正攻法はない、まさに〈アナログ〉な方法だった。もちろん、映画館ごとに再生する装置は違うわけだが、〈ベイシー〉の広い空間全体の鳴りや、迫力があって太くて切れがよくて温かい、という同店のオーディオシステムの個性がごく自然に感じられて、この選択は大成功だったと思う。カウント・ベイシー“エイプリル・イン・パリ”、マイルス・デイヴィス“バックシート・ベティ”、ビル・エヴァンス“マイ・フーリッシュ・ハート”など、僕がかつて〈ベイシー〉で聴いた記憶がある曲が次々に登場し、ああまた近いうちに行きたい! と思わずにはいられない。

 また、渡辺貞夫や坂田明、ペーター・ブロッツマンなどが〈ベイシー〉でおこなったライブ演奏の音もこの方法で録音されていて、これがまた実に自然でいいサウンドだ。僕はまだ〈ベイシー〉でのライブを体験したことがないのだが、次の機会にはぜひ行かなくては。

 そしてまた、これはさまざまな〈達人〉たちの顔と声、についての映画でもある。渡辺貞夫、坂田明、村上“ポンタ”秀一、ペーター・ブロッツマン、中村誠一といったミュージシャンたちが〈ベイシー〉を訪れ、それぞれがとてもいい顔、とてもいい声で、忘れがたい言葉を語る。

 フリージャズはジャンルではない、好きなことを好きにやるのが本当の〈フリー〉だ、と言う坂田明、60年代から現在に至る音楽シーンの変化を淡々と語るブロッツマン、ニューオリンズで出会ったタクシー運転手の話を、愉快な歌と共に披露する中村誠一、マイルスのレコードに合わせてドラムスを叩く村上秀一、サックスのリガチャー(リード留め)の違いで音が変わることを実演してくれる渡辺貞夫……。

 60年代のジャズ喫茶のことやビル・エヴァンスのピアノの音の〈小ささ〉についてコメントを寄せる中平穂積(新宿のジャズ喫茶「DUG」オーナー)や、シカゴでのブルーズとの出会いについて話す小澤征爾も含めて、何事かを極めた人たちは、本当にいい顔(いい表情、というべきか)をしているのだなあ、と、改めて感じ入ってしまった。そしてもちろん、菅原正二も〈いい顔といい声でいい話をする達人〉であるのだ。