結成当初からのメンバーだった阿部耕作が2019年いっぱいで脱退し、ユウ(ヴォーカル)とイワイエイキチ(ベース)の二人体制となったチリヌルヲワカ。バンドは新体制となり、サポート・ドラマーに中畑大樹(Syrup16g、VOLA & THE ORIENTAL MACHINE)を迎えて制作された11作目『サピエント』を9月にリリース。余計な装飾を廃し、シンプルなロックに回帰した力作に仕上がった。新しくなったバンドと『サピエント』について、ユウに話を訊く。

チリヌルヲワカ 『サピエント』 ヤマミチレコード(2020)

〈阿部さんとの最後のアルバムなんだ〉

――『サピエント』のお話の前に、去年リリースされた『太陽の居ぬ間に』が衝撃的だったので、そのお話からしてもいいですか? 個人的には、昨年出たあらゆる音楽の中で一番良かったかもしれないです。

「本当ですか!? すごくうれしいですし、ビックリです」

――すごくヒリヒリしていて、暗いんですけど、すごく胸に来るものがありました。『太陽の居ぬ間に』は2019年の5月にリリースされましたけど、制作していたのは2018年の年末ごろでしょうか?

「そうですね、年末から年始にかけて作ってましたね」

――作品からやるせなさとか虚無感とか、そういった感情をものすごく感じたのですが、その頃に何かあったんでしょうか?

「ひとつあるとすれば、2018年の年末にドラムの阿部(耕作)さんが脱退する話があって、2019年いっぱいで辞めるということが決まったので、気持ち的には悲しかったし、〈どうしよう〉〈どうなるんだろう〉みたいな不安もすごくあったし、〈阿部さんとの最後のアルバムなんだ〉っていう気持ちもありました。だからいろいろいつもとは違う想いがありました」

――特に表題曲の“太陽の居ぬ間に”は衝撃的で、サビに1つの音しか使われていなくて、これまでたくさんの名曲を作ってきたユウさんがこんなメロディーを作るなんて、と思いました。

「いっぱい作ってきたからこそ、っていうのはあるかもしれないですね。前からメロディーが動かないっていうのはやってみたかったので」

――ユウさんと言えば、もともとはGS(グループサウンズ)の影響を感じさせるサウンドとか和風な音階を使うところが特徴的だと思うのですが、そこからさらにプラスして新たな挑戦をしようとしている感じがうかがえました。

「挑戦……してるのかなあ。あんまりそんなに意識はしてないんですけど、ある意味無意識でしてるのかもしれないですね。マイペースを貫いてるって思われがちなんですけど、実はものすごく考えてるし、悩んでいるし、正直〈売れなくてもいい〉と思って作っているわけではないし、〈受け入れられたい〉って思っているし。〈今の時代についていけてないんじゃないか〉とか〈このまま貫いていって古いものになったらどうしよう〉とかみたいな葛藤は常にあって、〈若いバンドは今どんな感じなんだろう〉って聴いてみたり、それに対して自分はどんな感じなのかを研究……とまではいかないけど考えてみたりして、〈こうしたら新しいかな〉っていう工夫は常にしています。それが挑戦に見えるのかもしれないですね。とにかく〈みんなに響いてほしい〉っていう気持ちが強いです」

――そういった葛藤は歌詞にも出ている気がします。これまではもう少し抽象的な歌詞だったと思うんですけど、例えば“トライアングル”に〈七合目を過ぎたあたりで 歩いてる意味さえも忘れ去ってしまった〉とあって、これはユウさんそのものを表してるんじゃないかなって思うんです。

『太陽の居ぬ間に』収録曲“トライアングル”
 

「普段からずっとそんなことで悩んでるわけじゃないんですけど、歌詞を書き始めるとそういう想いが出てくるんです。確かにもともとは抽象的な歌詞が好きだったし、現実的な感じをあまり出したくなくて。聴いてる人にとって音楽というものは、フィクションとか、映画を観てるようなメルヘンな存在でいいと思ってたんです。音楽は癒しであってほしいっていう気持ちが大きいし、そんな真に迫るような暗いものは聴かなくていいと思っているし、本当の悩みを書いてもしょうがないなとも思っているし、だからそういうことはやらないつもりだったんです……けど……」

――何か心境が変わってきたんですか?

「多少はそういうのを取り入れるようになってきたのはあるかもしれないですね。今までそういうのがなかったから、入れたら聴く人がハッとするかな、とか。計算してるわけじゃないんですけどね」

 

〈続けたいです〉

――『太陽の居ぬ間に』のレビューは、曲名をもじってバンドのことを〈最強のトライアングルだ〉と書かせていただいたんですが、リリースの直後に阿部さんの2019年内での脱退が発表されて、〈この3人の作品はこれで最後だったのか〉というショックがありました。

「正直阿部さんが脱退するって言った時は解散のことも考えたし、阿部さんと一緒にできないなんて考えられないなって思って〈えっ、これが最後ってこと?〉って私も感情が追い付かなかったです。深く考えすぎると相当悲しいことだから。もちろん続けるという道もあるけど、続けるのも怖いし、解散するのも怖いし、どっちも怖くてすごく悩んだんです。決断を出すための時間はあまり長くあったわけではないんですけど、相当悩んで、どっちに転んでも怖いけど、終わったら私には何も無くなるって思って、〈続けてダメならやめたらいい〉くらいの吹っ切れる感じで続けることを選択したんです。〈チリヌルヲワカの曲をもう演奏できなくなる〉っていうのが一番つらいと思ったんですよね」

――それが『太陽の居ぬ間に』の制作中ですか?

「作る前と、作っている間ですね。作りながら〈これで最後になるのかな〉って思っていました」

――そして、バンドは継続を選びます。それを決めたのはいつですか?

「(2019年の)年明けの、曲作りをやってる途中でみんなで話して、(イワイ)エイキチさんに〈続けたいです〉って言いました。エイキチさんはもともと続けたがってたから、〈私も続けたいと思います〉って」

――そこから今年の『サビエント』の制作には、すぐに取り掛かったんですか?

「今年はオリンピックがある予定だったから、いつもと制作期間をズラそうという話を前々からしていて、ドラマーもいなくなったのでしばらく準備期間が必要だろうというのもあるし、秋のリリースにしようって決めていました。なので割とゆっくり曲作りをしてて、コロナ禍での作曲になりましたね」

――なるほど。そういうこともあったのか、今作の歌詞は、前作で内に向いていたものが外へ向かうような感じがありました。

「確かに前作は阿部さんのこともあって将来が見えなくなってて、希望のない気持ちだったかもしれないですけど、今回はコロナ禍で曲を書いてたから、今までにない心境だったかもしれないですね。今みんながどういうのを聴きたいのかも考えたし、〈自分の個人的な悩みだけを言ってる場合じゃないぞ〉みたいな。コロナ禍って〈人類の課題〉じゃないですか。だから広い意味で〈人間〉っていうものをテーマにしたかったのかもしれないです」

――それが『サピエント』というアルバムタイトルに繋がっていくと。

「そうですね。結果的にそうなりました」