チリヌルヲワカ、通算11作目となるアルバム『結晶』が2021年9月17日にリリースされた。オリジナル・メンバーであるユウ(ギター、ヴォーカル)、イワイエイキチ(ベース)にサポート・ドラマー、中畑大樹(Syrup16g)を迎えた新体制としては2作目となる本作。一方、バンドの歴史を振り返れば、セカンド・アルバム『白穴』をリリースした2011年以降、毎年続けているリリースはついに10年を突破した。昨年、コロナ禍を〈人類の課題〉と位置づけ、広い意味での〈人間〉という意味の言葉を名付けてリリースした『サピエント』から1年、自身とバンドはどんなことを考えていたのか。『結晶』という言葉に込めた想いとは。ユウに話を訊く。

チリヌルヲワカ 『結晶』 ヤマミチレコード(2021)

 

ライブには、ライブ以外の行動では絶対に出ない何かがある

――1年ぶりにお話を伺いますが、ユウさんにとってはどんな1年だったでしょう?

「本当に私は何にもしてなくて。自粛してるし、外に出ないようにしているし、仕事以外では人にも会わないようにしているし、未だに空虚な日々を送っています」

――本作『結晶』は、資料によると〈日常が一変した状況で気付かされたこと、思い知ったこと、人生を重ねてきた上で今感じていることを作品に込めた〉とありますが、例えばどういうことを気付かされたんでしょうか?

「誰もがそうだと思うけど、こういうご時世になって当たり前だったことが当たり前じゃなくなって、当たり前にあったもののありがたさを実感しますよね。震災とか天災が起きた時にもそういうことは感じるんですけど、今回ばかりは世界中の全員がさまざまな活動を制限されるっていう初めてのことを味わってるじゃないですか。そんな中で、例えば私は自粛期間になって自炊を始めたんですけど、たまに外食してみるとプロの料理の素晴らしさを感じたりするんですよ。今までこんなにすっごいものを提供してもらってたんだ。世界は誰かの努力や才能で成り立ってたんだ。そういうことを知らずにこれまでの日々を生きていたんだ。そういうことに気付いたんですよね」

――なるほど。それは音楽にも通じることですよね。

「それは絶対にあります」

――新作をリリースするにあたって、毎年〈チリヌルヲワ会〉というライブを開催されていますが、去年は配信のみだったのが、今年は有観客と配信という形になりました。少しは状況が好転してるような気もするし、まだまだ気を抜けないような気もします。

「ライブっていうのはやればやるほど状態が良くなるものなので、ミュージシャンにとってライブの数が減っているのは残念なことです。私の周りのミュージシャンも体力が落ちたって言ってる人が多いし。でもそれよりも、こないだ久々に有観客のライブをやって感じたのは、お客さんが目の前にいるライブでしか出ないものっていうのがあるっていうことなんですよね。それ以外の行動では絶対に出ない何かがある。それは科学的に説明するとアドレナリンが出てるってことなのかもしれないですけど、日常的にはできないことができてしまうような、不思議な感覚があるんです。ライブ中はめっちゃ体調がいいし、本当にすっごい元気になれるんです。ああいう体験って他のことでは味わえないし、それがあるとないとでは大違いで」

――それは観てる側も同じだと思います。アーティストのパフォーマンスを観て元気が出るっていうのは絶対ありますし。でもチリヌルヲワカの場合は、たとえライブが少なくなってもきちんと毎年1作、アルバムをリリースし続けているということが素晴らしいと思います。

「毎年作品を出すということを当たり前に感じているっていうのはあります。私たちは色んな意味でこうするのがいいと思っていて、お客さんも新しいアルバムがあるからこそライブを観たいって思ってくれるだろうし、自分たちも新しい曲を聴かせたい。毎年、新鮮味があるっていうことがモチヴェーションになってるんですよね。もちろん〈5年ぶりのアルバムです〉っていう人もそれはそれでいいんですけど、私は常に〈いつ終わってもおかしくない〉っていう気持ちでやってるからそれはできなくて。当たり前に来年があると思っていないからこそ、〈新曲出せてよかった〉って毎年思えるんですよね。〈あと3年後に出すからいっか〉なんて余裕は感じられないんですよ」

――生きる証というか、農家の収穫みたいというか。

「本当そういう感じです。生きるために毎年やってるんですよね」

 

のっぺらぼうになって

――今作は、中畑さんを迎えた新体制としては2作目ですが、コロナ禍ということもあり、作り方は何か変わりました?

「ずっと変わってないですね。いつも通り岡山のスタジオに行ってレコーディングをして。レコーディングは重ねるごとに効率は上がっていくから、そういう意味では経験がものを言うところはあります」

――前作は〈すごくシンプルにしたかった〉とか〈ギターはなくてもいい〉とか仰ってましたけど、今回はシンプル志向ではないですよね。

2020年作『サピエント』収録曲“証明”
 

「前回がそういうブームだっただけで、今回は全くそういう意識はなかったです」

――ギターもシンプルではなく。

「ライブではギター1本で弾けて歌えるようにはしてるけど、CDではギターもコーラスも入れたい放題入れましたね。それは前作の反動とかではなくて、自然とそうしたいという気持ちでした」

――今作の楽曲は、いつごろ、どうやって作られたんですか?

「曲作りは全曲今年に入ってからですね。ただ歌詞もフレーズもリフも、曲の断片はずっとスマホとかに記録していて、そういう中から〈よし、今回はコレとコレを組み合わせよう〉って組み立てていくんです。ギターを弾いてるうちにリフを思い付いたらその場で録音したり、外で急にメロディーを思い付いたら誰にも気づかれないように歌って録音したり。後で聴いたら全然聴こえなかったりするんですけど(笑)」

――じゃあ、曲の欠片は前々から録り溜めていて、それを形にしたのが今年なんですね。

「そうですね。で、歌詞を組み立てる時に、そこに込めたいメッセージを考えるんですけど、その方向性が決まるまでがいつもすっごく大変で、ずっと書き直してるんです。そのメッセージ性さえ見つかれば納得いく形になるんですけど、そこが漠然としていると支離滅裂なことばかりになっちゃって」

――1曲1曲についてお話を訊きながら、そこに込められたそのメッセージ性を少しだけ教えてもらうことって可能ですか?

「はい。要約すると本当しょうもない感じになっちゃうから気をつけないといけないんですけど(笑)、でも本当は一番伝えたいことなので、言葉にしてみます」

――1曲目のリード曲“ファントム”は、ユウさんの好きな要素が詰まっているそうですね。

「この歌詞は一番悩んだんですけど、いつも意味とか内容を重視しているのに、この曲は語呂を重視して作って。というのも、メロディーと一緒に〈のっぺらぼうになって〉っていう歌詞も思い浮かんで、その〈のっぺらぼう〉っていう言葉をどうしても使いたくて、そこから広げて出来た曲といっても過言ではないです。〈のっぺらぼうになって〉っていうのは〈すべてのエゴを取り払う〉くらいの意味で、まっさらの状態になる意味で」

――まっさらの状態で、人の深層心理みたいなところに潜り込みたい、というか。

「そうですね。すべてのエゴを取っ払ったところに、常識にも何にもとらわれない本当の自分を誰でも持っていると思っていて。ここで言う〈あなた〉っていうのは自分のことでもあって、奥底の誰にも見せていない〈あなた〉こそが本当の〈あなた〉なのに、ごく近い人、例えば家族とかにすら見せようとしていない。そうやって本当の自分を隠さなきゃいけなくて、苦しんでる人が割といるような気がして」

――なるほど。その状態をのっぺらぼうに喩えていると。

「私、割とオカルトが好きなんですよ(笑)。お化け屋敷とかは苦手なんですけど、水木しげる的世界観とかお化けが存在しているっていう空想の世界は好きで。そういう意味でも、自分の好きな要素が詰まってるんですよね」

――最初のあまり上下しないメロディーには念仏みたいな雰囲気も感じるし、そこからだんだんと熱く情熱的になっていくような感じもありますが、その中でちょっと〈神聖さ〉も感じます。

「そういう神聖な感じは好きだし、実際に出そうとしているのは事実です。私は割と音楽に神聖さを求めてるところはありますね」

――たぶんユウさんの作る曲には和風とか、和音階の印象が強い人が多いと思うんですけど、最近はそこからちょっとホーリーな音楽にシフトしていってるような気がします。

「まさにその通りで、よく気付いてくれたって感じです。じゃあ〈神聖〉って何なんだって話ですけど(笑)。例えばすっごいハードコアな音楽でも、そこに神聖さがあると〈カッコいい~〉〈音楽ってめっちゃいい~〉って思うんですよね。だから必然的にそうなっちゃうのかもしれないです」