暮らしのなかで育まれてきた与那国島のうた

 日本最西端の島、与那国島。與那覇有羽の初アルバム『風の吹く島~どぅなん、与那国のうた~』は、この島で歌われる伝承歌に取り組んだ意欲作だ。

與那覇有羽 『風の吹く島~どぅなん、与那国のうた~』 RESPECT RECORD(2020)

 「プロの音楽家としてやっていく気は今もなくて。今回のCDの話を打診されたときも『酔狂な人がいるもんだな』と思いました(笑)」と笑う與那覇は、1986年、与那国生まれ。幼少期から島の文化に囲まれて育ち、高校では琉球の芸能を総合的に学ぶことのできる県内唯一の学科、沖縄本島の南風原高校郷土文化コースに進学。その後は沖縄県立芸術大学で琉球古典を学んだ。そう聞くと芸能エリートな印象を持つが、與那覇は「いつかは与那国に帰るつもりだった」と話す。

 「島から出てみると、自分のなかの与那国の要素がどんどん薄くなってる感じがしたんです。与那国と那覇では喋る言葉も違うし、このまま那覇の人みたいになっちゃうんじゃないかという怖さがありました」

 そんな與那覇は与那国の歌の特徴をこう解説する。

 「与那国の歌はもともとアカペラで歌っていたんです。それが戦後になって三線が入った形で録音されるようになった。与那国の歌には雑多な部分がまだ残っているし、そこに大事なところがあるんです」

 もうひとつの特徴が与那国独自の言葉だ。

 「与那国は喜怒哀楽すべてを『やー』という言葉ひとつで表現するんです。『たー』という言葉も促音が入るか入らないかで意味が違う。ちょっとしたことだけど、そういう細かいところが大事。与那国でも僕ら世代は、そうした違いはそこまで分からないですよ。でも、お年寄りには分かる。このCDを与那国出身の70代の方に聞いてもらったんですけど、『与那国に住んでる人の感じが出てるね』って言ってもらえて。僕にとってはそれが最高の褒め言葉なんです」

 全21曲の収録曲のなかには、与那国の特徴とされるアカペラもたっぷり収録。野性味溢れる歌声には、風の吹き抜ける与那国の空気が充満している。その一方で、内地からの影響を残すヤマトグチ(標準語)の歌も収められている。最果ての地と思われがちな与那国という場所が、多種多様な人々と文化が出会う海の交差点であったことも教えてくれる。

 今回の作品が何よりも鮮明に映し出すのは、与那国の生活と密接に結びついた歌文化の楽しさだ。

 「与那国の歌は、即興で歌詞を入れていくんですね。そういう風に歌える人は少なくなってしまったけど、僕はそんな歌のあり方に魅力を感じてきたんです」

 與那覇は伝統の継承者であると共に、島で暮らす歌好きの兄さんでもある。生活者としての実感が伴う伝承歌。その生き生きとした魅力にぜひ触れてほしい。