2020年の大晦日、衝撃的な訃報が伝えられた。米NYのラッパー/プロデューサーのMFドゥームことダニエル・ドゥーミレイ(Daniel Dumile)が10月、この世を去った。
イマジネイティヴなラップとビート、そして独特の仮面姿(〈MF〉は〈Metal Face〉の略で、元ネタはマーベル・コミックスのドクター・ドゥーム)で知られるドゥームは、アンダーグラウンド・ヒップホップの顔役として、90年代から現在に至るまでシーンや世代を問わずに影響を与え続ける存在だ。彼の死はここ日本にも衝撃をもたらし、PUNPEEや5lackらはすぐさま彼へのリスペクトと追悼コメントを発表した。
マッドリブとのコラボレーション作『Madvillainy』(2004年)など、多数の名盤を遺した一方、彼の影響力の大きさは、具体的な楽曲や作品などでは語りえないところにある。そんな主流とは異なるオルタナティヴなヒップホップの可能性を切り開いた彼の功績と後世への影響について、ブログ〈にんじゃりGang Bang〉で知られるアボかどが綴る。 *Mikiki編集部
世代もスタイルも超えて愛されたMFドゥーム
日本時間では正月早々、衝撃のニュースが飛び込んできた。UK生まれでNYを拠点とする活動で知られていたラッパー兼プロデューサー、MFドゥームが2020年10月31日に亡くなっていたという。享年49。現地時間では2020年12月31日に発表された訃報は全世界を駆け巡り、その早すぎる死に世界中のファンが追悼の意を示した。
多くのアーティストもMFドゥームの死を悼み、SNSにコメントを発表した。DJプレミアやQティップといった同時代を駆け抜けたベテラン。ジョーイ・バッドアスやウェストサイド・ガンといった共演歴のある現行シーンの人気アーティスト。さらにはメトロ・ブーミンやリル・ヨッティ、プレイボーイ・カルティといった音楽性的には少し遠いイメージのあるアーティストまで。世代もスタイルも超えて愛された、その独特の立ち位置が窺える。
既に多くの媒体が追悼記事を発表している。MFドゥームのそれぞれの作品の素晴らしさやトレードマークであるマスク、その生涯などの詳しい解説はそれらの記事に任せる。本稿ではMFドゥームがシーンに与えた影響を考え、その偉大さを称えたい。
ラッパーとして――難解なパンチラインを繰り出す職人
まずはMFドゥームのラップ面から考えていく。低めの声質のぶっきらぼうなフロウはリリックの内容を解さずとも十分に魅力的なものだが、アメリカのラップ・マニアを虜にしたのはそのワードプレイを駆使した難解なパンチラインだった。KMDで〈Zev Love X〉を名乗っていた時代からパンチライン職人としての芽はあったが、その才能が開花したのは97年のMFドゥームへの改名以降だった。静かに注目を集めていったMFドゥームだったが、そのスタイルが大きな支持を集めたのはマッドリブと組んで放った名盤『Madvillainy』の2004年頃から。そして、そのことは後のシーンの動きを思うと重要な出来事だった。
『Madvillainy』の発表以降、2005年頃からのシーンの動きを振り返っていこう。この時期にブレイクしたラッパーにはヤング・ジージー(現〈Jeezy〉)やザ・ゲームなどがいたが、この頃に急速に評価を高めてシーンのトップに立ったラッパーがいた。先日ダベイビーがInstagramで〈現存最高のラッパーの一人〉と称賛したリル・ウェインだ。
リル・ウェインはホット・ボーイズの一員として90年代後半に既に商業的な成功を収めていたが、2005年頃からソロとしてさらなる成功を掴んだ。ミックステープを精力的に発表し、〈難解なパンチライン〉を聴かせるスタイルでセールス面だけではなく批評的にも高い評価を獲得。客演での人気も爆発し、〈現存最高のラッパー〉への階段を駆け上がっていった。
同じ〈難解なパンチライン〉を武器にしたといっても、リル・ウェインが直接MFドゥームから影響を受けているとは考えにくい。しかし、時期的に考えればリスナーの評価軸とリル・ウェイン/MFドゥームの成功は決して無関係ではないだろう。
また、MFドゥームは2004年作『Mm..Food』収録の“Beef Rap”で服を脱ぎたがるラッパーを批判している。名指しではないので、当時人気絶頂だった50セントなどを標的にしていたと思われるが、リル・ウェインも2005年作『The Carter II』のアートワークなどでしばしば上半身裸になっていた。
そのリル・ウェインがワードプレイを駆使したMFドゥームに通じるスタイルに開眼していったのだから、MFドゥームのファン層がリル・ウェインに注目してもおかしくはない。〈Lil Wayne MF DOOM〉で検索すれば両者を比較する声を多く発見できるのは、単なる〈スーパースター対アンダーグラウンド・ヒーロー〉の構図ではなく両者の聴かれ方が近かったからこそだろう。ちなみに、この議論に関してはモス・デフも2009年に「リル・ウェインとドゥームなら俺はドゥームに100万ドルを賭ける」とコメントしている。
リル・ウェインのブレイクは、パンチライン重視のスタイルが評価されるシーン全体への追い風となった。それを証明するかのように、2009年にリリースされたMFドゥームのソロ・アルバム『Born Like This』は、ビルボード・チャートのラップ部門で最高9位を記録。2010年代に入ると、多重に意味を持たせたラインが得意なビッグ・ショーンやチャイルディッシュ・ガンビーノなど、新たなパンチライン職人たちも次々と成功を掴んでいった。ユーモラスなパンチラインが武器のグッチ・メインや2チェインズもこの流れを汲んだブレイクと言えるだろう。今のシーンの源流にあるスタイルだからこそ、MFドゥームはプレイボーイ・カルティやリル・ヨッティといった若い世代にも慕われていたのだ。
ビートメイカーとして――現行ブーンバップに影響を与えたラフなループ
MFドゥームはビートメイクでも高い評価を受けていた。2001年から2003年の間に5枚リリースしていたインスト集〈Special Herbs〉シリーズや、2004年から2005年の間に4枚リリースしていた〈Special Blends〉シリーズなどビートメイカーとしての作品も多い。
ゴーストフェイス・キラーやマスター・エースなど、他アーティストの作品へのビートメイカーとしての参加もあった。2010年代にはジョーイ・バッドアスやビショップ・ネルーらがビート・ジャックにMFドゥームのビートを使い、後に彼が正式にプロデュースを行う例もあった。ビショップ・ネルーとは2014年にコラボ・アルバム『NehruvianDoom』をリリースしている。
その作風の基本は、ジャズやソウルなどをサンプリングした、いわゆるブーンバップの系譜にあるもの。不気味なドラム・パターンを組んだものもあるが、時にはネタに入っているドラムをそのまま使っただけなのではないかと思わせるものもある。こういったラフな一面は、MFドゥームのビートの魅力の一つだ。
例えば、〈Special Herbs〉シリーズでもドラムが控えめな曲をいくつか聴くことができる。ウェストサイド・ガンが設立したグリゼルダ(Griselda)のアルバムなど、近年のヒップホップ作品を聴いていると、ブーンバップの系譜にあるビートだがドラムの入っていないもの、あるいはドラムの主張が弱いものが散見され、MFドゥームのビートに通じるものを感じる。ウェストサイド・ガンはMFドゥームと共に〈WESTSIDEDOOM〉名義で作品を発表したこともあり、直接的な影響があっても不自然ではない。
また、Gファンク方面で人気のロンドン・ドラッグズ(LNDN DRGS)も、ドラムレスないしドラムが主張しないビートの曲を聴かせる。彼らはグリゼルダのコンウェイ・ザ・マシーンなどとも共演しており、ビートの構造は音色に変化をつける以外はループで聴かせるものが多いので、この近年のブーンバップの流れを汲んでいると言えるだろう。
ロック・マルシアーノも以前からドラムを重要視しないスタイルに取り組んでおり、このスタイルの原型はラフな時のMFドゥームの作風ではないだろうか。
本稿ではMF DOOMのラフな面、特にいくつかの曲で聴かせたドラムの主張が控えめな作風に焦点を当てたが、彼が残したビートの魅力はそれだけではない。今後も変化していく時代の中で、新たな視点から別の魅力が再発見されていくだろう。
後進に道を切り開いたMFドゥーム
MFドゥームは、『Madvillainy』で組んだマッドリブなどコラボレーター選びの嗅覚も一級品だった。彼が残した刺激的な作品の数々は、タイラー・ザ・クリエイターやアール・スウェットシャートなど多くのアーティストに影響を与えてきた。
大ヒットに恵まれたスーパースターというわけではなかったが、多くのアーティストの道を切り開き、多くのアーティストに影響を与えてきたMFドゥーム。彼がいなかったら、今のヒップホップは全く違うものだったに違いない。
また、MFドゥームはトム・ヨークやフォー・テットといった他ジャンルのアーティストとの共演も多く残していた。これからその影響は、ヒップホップはもちろん、想像もしなかったところに表れていくかもしれない。改めてその偉大な功績を称え、ご冥福をお祈りします。