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ビートメイカーとして――現行ブーンバップに影響を与えたラフなループ

MFドゥームはビートメイクでも高い評価を受けていた。2001年から2003年の間に5枚リリースしていたインスト集〈Special Herbs〉シリーズや、2004年から2005年の間に4枚リリースしていた〈Special Blends〉シリーズなどビートメイカーとしての作品も多い。

2002年作『Special Herbs, Vol. 2』収録曲“Zatar”

ゴーストフェイス・キラーやマスター・エースなど、他アーティストの作品へのビートメイカーとしての参加もあった。2010年代にはジョーイ・バッドアスやビショップ・ネルーらがビート・ジャックにMFドゥームのビートを使い、後に彼が正式にプロデュースを行う例もあった。ビショップ・ネルーとは2014年にコラボ・アルバム『NehruvianDoom』をリリースしている。

その作風の基本は、ジャズやソウルなどをサンプリングした、いわゆるブーンバップの系譜にあるもの。不気味なドラム・パターンを組んだものもあるが、時にはネタに入っているドラムをそのまま使っただけなのではないかと思わせるものもある。こういったラフな一面は、MFドゥームのビートの魅力の一つだ。

例えば、〈Special Herbs〉シリーズでもドラムが控えめな曲をいくつか聴くことができる。ウェストサイド・ガンが設立したグリゼルダ(Griselda)のアルバムなど、近年のヒップホップ作品を聴いていると、ブーンバップの系譜にあるビートだがドラムの入っていないもの、あるいはドラムの主張が弱いものが散見され、MFドゥームのビートに通じるものを感じる。ウェストサイド・ガンはMFドゥームと共に〈WESTSIDEDOOM〉名義で作品を発表したこともあり、直接的な影響があっても不自然ではない。

ウェストサイド・ガンの2020年作『Pray For Paris』収録曲“$500 Ounces (Freat. Freddie Gibbs & Roc Marciano)”

また、Gファンク方面で人気のロンドン・ドラッグズ(LNDN DRGS)も、ドラムレスないしドラムが主張しないビートの曲を聴かせる。彼らはグリゼルダのコンウェイ・ザ・マシーンなどとも共演しており、ビートの構造は音色に変化をつける以外はループで聴かせるものが多いので、この近年のブーンバップの流れを汲んでいると言えるだろう。

ロンドン・ドラッグズの2019年作『Affiliated』収録曲“Sideshow (Feat. Conway The Machine)”

ロック・マルシアーノも以前からドラムを重要視しないスタイルに取り組んでおり、このスタイルの原型はラフな時のMFドゥームの作風ではないだろうか。

ロック・マルシアーノの2020年作『Mt. Marci』収録曲“Downtown 81”

本稿ではMF DOOMのラフな面、特にいくつかの曲で聴かせたドラムの主張が控えめな作風に焦点を当てたが、彼が残したビートの魅力はそれだけではない。今後も変化していく時代の中で、新たな視点から別の魅力が再発見されていくだろう。

 

後進に道を切り開いたMFドゥーム

MFドゥームは、『Madvillainy』で組んだマッドリブなどコラボレーター選びの嗅覚も一級品だった。彼が残した刺激的な作品の数々は、タイラー・ザ・クリエイターやアール・スウェットシャートなど多くのアーティストに影響を与えてきた。

大ヒットに恵まれたスーパースターというわけではなかったが、多くのアーティストの道を切り開き、多くのアーティストに影響を与えてきたMFドゥーム。彼がいなかったら、今のヒップホップは全く違うものだったに違いない。

また、MFドゥームはトム・ヨークやフォー・テットといった他ジャンルのアーティストとの共演も多く残していた。これからその影響は、ヒップホップはもちろん、想像もしなかったところに表れていくかもしれない。改めてその偉大な功績を称え、ご冥福をお祈りします。

2009年作『Gazzillion Ear』収録曲“Gazzillion Ear (Thom Yorke remix)” 。トム・ヨークはTwitterで「天才的な言葉の用い方が衝撃的だった。聴いたことない方法で意識の流れを表現していた」と追悼コメントを発表した