(左から)米倉利紀、松尾潔(©︎新潮社写真部)
 

米倉利紀。92年のデビューから今日に至るまで、スケールの大きさと繊細さを兼ね備えた表現で日本のR&Bシーンを牽引してきたシンガー・ソングライターである。昨年作『pink ELEPHANT』も記憶に新しい彼が、2021年1月20日に新たなレーベル・sTYle72 music.から25作目のニュー・アルバム『green GIRAFFE』をリリースした。

本作のリリースを機に、Mikikiでは米倉のキャリアやその多面的な魅力を再考すべく、彼と親交の深い音楽プロデューサーの松尾潔に執筆を依頼した。本稿は、米倉の活躍を間近で見てきた〈同志〉であると同時に、国内外のR&Bに精通する〈研究家〉でもある松尾ならではの視線に貫かれた、他では読めないテキストになっている。『green GIRAFFE』と併せて、ぜひご堪能いただきたい。 *Mikiki編集部

米倉利紀 『green GIRAFFE』 sTYle72 music.(2021)

米倉利紀。1972。1992。2021。

日本でもなじみの深い、US R&Bシーンを代表するスタイリッシュな男性シンガー3人の名前を思いつくままに挙げてみる。

ブライアン・マクナイト。1969。1991。2008。
エリック・ベネイ。1966。1992。2014。
ジョー。1973。1993。2010。

それぞれに書き添えた3つの数字の意味を瞬時に理解できた人は、相当なR&B好き、かつ事情通だろう。種明かしすると、生まれた年、メジャー・デビューした年、インディーへ転向した年である。このリストに、私は日本を代表するひとりのR&Bシンガーの名を連ねたい。

米倉利紀。1972。1992。2021。

この1行を翻訳すれば、弱冠20歳にしてポップ・ファンク“未完のアンドロイド”で颯爽とデビューを飾った米倉利紀は、2021年、最新アルバム『green GIRAFFE』を、自ら設立した新レーベル・sTYle72 music.からリリースした、となる。

『green GIRAFFE』ダイジェスト音源
 

90’s R&Bの旗手たちは、20代、30代ないし40代の日々をメジャーで駆け抜けて、自らの音楽世界とアーティスト・イメージを確立した。となれば、さらなる深化を求める者たちは、音楽的な緯度経度を変えぬまま、表現のステージをインディペンデントに移すことになる。ブラック・ミュージックという言葉を肯定的に捉えた詩人アミリ・バラカがその要諦を「変わっていく同じもの」と表現し、ルキーノ・ヴィスコンティ監督が映画「山猫」で現状維持を願うなら変化が必要、変わらないためには変わり続けねばならない、と告げたように。

覚悟ある移行を宣言したとき、それまで歌ってきた一途な(あるいは無謀な、やんちゃな)ラヴソングは、真摯なライフ・ミュージックへと意味合いを変える。誤解を招かぬように野暮を承知で言うなら、米倉やブライアン・マクナイトがラヴソングを捨てたという意味ではない。むしろ逆で、どんな詞、どんな曲調を歌っても、そこにライフが投影される境地に辿り着いたのである。いま彼らの歌声には、若いころ背伸びしてまでも欲した陰影が自然とにじみ出るのだから。

 

絶えず変態(メタモルフォーゼ)を遂げてきたスター

米倉利紀の存在はデビュー直後から知っていた。日本人シンガーには珍しいキース・スウェット的な粘性の高いヴォーカルと、華やかな容姿。総じてスター性と呼ぶことに躊躇は不要だった。

だが私がR&Bシンガーとしての米倉の動向が気になり始めたのは、95年のコンセプト・アルバム『cool Jamz』からだと断言できる。既発曲のリミックスと新曲をまじえた同作品は、当時の日本のメジャー・シーンでは際立ってエッジの効いたNY流儀のサウンドでまとめられていた。

この95年は米倉利紀が大いなる変態(メタモルフォーゼ)を遂げた年で、3月に出した『cool Jamz』の余韻がまだ残る11月には、黒光りする重量級の質感を併せ持つオリジナル・アルバム『amore』を発表した。デビュー時にはまだ声質に青さを残していた(J-Popとしては好ましくもあったが)米倉のヴォーカルは、わずか3年ほどで大人の恋愛の機微を表現するにふさわしい中低域の豊かさを獲得してしまった。地べたを這うような低音から繊細なファルセットまでを自在に駆使したヴォーカルからは、歌えない歌はないという自信と野心が感じられた。米倉利紀をトップクラスのR&Bシンガーとして認識するには十分すぎるほどの証だった。

95年作『amore』収録曲“SPARK”のライブ・ヴァージョン
 

一方で曲作りのスキルアップにも余念がなかった彼は、アルバム・リリースを重ねるごとに自作曲の比率を高めていく。浸透圧の高い歌謡曲を思わせるサビ作りのうまさはデビュー期から持っていた才能で、職業作家的な高いスキルを感じさせるほど。さらに、自嘲と皮肉を絶妙なバランスで効かせた作詞能力も強力な武器。アーティストとしての認知が浸透するにつれて他アーティストからの楽曲提供依頼が急増したのは、至極真っ当ななりゆきだったといえる。

99年の『flava』では、ついに全曲の作詞作曲を手がけるに至った。初期とは段違いのブラックネスにして依然キャッチーでもあるというハイブリッドなR&Bアルバムだ。この原稿を書くにあたって久しぶりにじっくりと聴き直したが、アイズレー・ブラザーズと筒美京平がタッグを組んだ趣の“Keep this love”、アヴェレージ・ホワイト・バンドとジョージ・マイケルがセッションしたような“それなり.....”をはじめとして、聴きどころに満ちた作品集であることを痛感した。

99年作『flava』収録曲“Keep this love”
 

あえて言うなら、その才能の形状が最も近い先輩アーティストは、ずばり久保田利伸。2001年に久保田の作品カヴァー集『gift』をリリースしたことは象徴的だった。同盤に収録された〈米倉作詞+久保田作曲〉によるネオ・ソウル色濃厚な“Sole Soul”は、ふたりが見ている景色がきわめて近いからこそ完成したもの。このコンビネーションによる楽曲としては、“Sole Soul”とは対照的にポップな“believe”(2013年)もすばらしい。