マルチ・アーティスト木村仁美によるソロ・プロジェクトchami。2013年よりダンサー、モデル、アーティストとして活動し、2014年には講談社主催の〈ミスiD2014〉で個人賞を受賞。また2016年からはトウシューズで歌い踊る、新感覚バレエ・ファンタジー・アーティスト、Colorpointe(カラーポワント)に加入。メイン・ヴォーカルとダンサーを務め、2019年のグループ卒業まで、海外を含めた様々な舞台でライブを行ってきた。卒業後は2019年8月15日よりchami名義でソロでの音楽活動を本格的にスタートさせ、2021年4月14日、初作品『kioku no hako』をリリースした。

サウンド・プロデュースと編曲を、サイケデリック・バンドqujakuのメンバーでもあるSoushi Mizunoが担当し、指揮者でクラシカルDJとしても活動する水野蒼生や、ロック・バンドMOSHIMOのドラマー、高島一航らが参加した本作は、幻想的な空間に透き通るようなchamiの声が広がる5曲入りのEP。そんなchamiのこれまでと本作の制作について、音楽ライターの南波一海が話を訊く。 *Mikiki編集部

chami 『kioku no hako』 APOLLO SOUNDS(2021)

 

何者かになりたい

――chamiさんには様々なバックグラウンドがありますよね。まずは今回、どんな経緯でchami名義の音楽作品を出すことになったのかうかがいたいと思います。

「ダンスもやってモデルもやって表現もファッションも好きで、という、ひとつのジャンルに所属できない自分だったので、何か見付けられるかなと思って〈ミスiD〉の第2回目(〈ミスiD 2014〉)にエントリーしたんです。その時に色々な繋がりのようなものができて。当時はダンス × モデルみたいなことをやっている人が少なかったので、クラシック・バレエをポップに、というテーマで活動しているColorpointeのHinkさんに声をかけられて、所属することになりました。3年半くらい活動しましたね」

――かなりコンセプチュアルなグループですよね。

「物語性とかファンタジー性が強くて、歌に関してもミュージカル調の発声方法で表現していたんです。誰かが作った世界で何かになるということを続けてきました」

chami在籍時のColorpointeの楽曲“まほろば歓楽街”MV
 

――言わば役を与えられた演者ですよね。

「そうですね。一方で、昔になっちゃうんですけど、〈ミスiD〉きっかけで自分を知っていただいて、GOMESSさんというラッパーの方や、ふぇのたすというバンドと曲を作ったことがあって(GOMESS“海月 with 木村仁美”、ふぇのたす“おとぎの海”)、その時に表現していた自分の世界について思い返すことがありまして、個人活動に専念したいということでColorpointeを辞めたんですね。自分の世界観を表現したいなという気持ちが出てきたなかで、グループに入る前から一緒に曲を作らないかと言ってくれていたSoushi Mizunoさんに私から連絡しました。そうしたら、ぜひやりたいと言ってくれたので、〈サウンド・プロデュースSoushi Mizuno〉という形で一緒に曲を作り始めました」

――グループに入る前からあった話だったんですね。

「その話をしていた中で、Colorpointeのお誘いがあったので。じつは一度断ったんですけど、2年後くらいにまた誘いがきて、じゃあやってみようかなと。その時はColorpointeが精力的に活動されていたので、面白いことができるかなと思ったんです。何者かになってみようという感じでした」

――過去のブログなどの文章を読むと、その〈何者かになりたい〉という気持ちが溢れていて。

「アメブロですか? それこそふぇのたすとやってた時期ですね。あの頃はやばかったです(笑)。ブログに思いを綴りまくっていて、〈この人どうしたいんだろう?〉みたいな感じでした。さまよってましたね」

――Colorpointeのブログの中でもchamiさんはかなり文章が長い人で。

「そっちも見てくださったんですか! もう内容覚えてないですけど、文章は飛び抜けて長かったと思います」

――だからきっと、自分のなかから出てくる表現欲みたいなものが一貫して強かったんだなと思ったんです。

「漏れ出すぎてたのかもしれませんね(笑)」

――そして再びソロでの活動になるわけですが、やりたい表現がいくつもあるなかで音楽をやろうと思ったのはどうしてだったのでしょうか。

「モデルとして服を活かすとか、即興でダンスをするというのは自分の中では即時的な表現という気持ちがあって。私は、自分の意志を持ってちゃんと残るものを作ったことがないなと気付いたんです。だから、踊りで得たものとか長ったらしい文章とかを総括して、ひとつのものを作ることに挑戦したいと思ったのかなと」

――ちなみに〈ミスiD〉よりももっと遡って、小さい頃に音楽をやっていた経験などはありますか?

「家族には〈いつも歌ってるか踊ってるか寝てるかだね〉って言われてました。小学生の頃の話だと、『NHK全国学校音楽コンクール』の関東予選に出たことくらいですかね。高校はバンドの部活に入って、歌いたかったんですけどドラムスになりました」

――本当は歌いたかった。

「堂々と歌いたいって言えなかったんですよね。吹奏楽部でドラムスをちょっとやったので、じゃあドラマーで、ということになって。結局途中で投げ出しちゃいました」

――昔から歌いたいという気持ちがあったんですね。だからふぇのたすやGOMESSさんとのコラボでも歌うことは自然な流れで。

「そうかもしれないですね。Colorpointeも最初はダンサーだったんですけど、途中からメイン・ヴォーカルになって、すごい歌ってました。あとは今では誰も知らない、〈ぼくたちノあのこ〉という企画があって」

――“クラスメイト”聴きましたよ。いい曲ですよね。

「知ってるんですか(笑)。PARKGOLFさんが作ってくださったんですよね。急な依頼があって歌ったんですけど、いい曲ですよね。その後、企画自体がなくなっちゃったんですよ。面白い女の子たちが出てて、どの楽曲も好きで聴いてたんですけど」

コンピレーション・アイドル・プロジェクト〈ぼくたちノあのこ〉より、木村仁美が歌う“クラスメイト”のMV

 

自分の声が聞こえてくることに悩まされていた

――そういった企画やグループでの歌手活動を経て、ソロを始めるにあたってSoushi Mizunoさんに声をかけて最初にできた曲が2019年8月にリリースされた“in the pool”になるんですか?

「そうです」

『kioku no hako』収録曲“in the pool”のMV
 

――音楽の方向性は最初から決まっていたのでしょうか。

「グループにいる間は、がっつり世界観があったので、グループの音楽以外のものをゆっくり聴こうという気持ちに向かわなかったんですね。でも、辞める前のお休み期間に久しぶりに音楽を漁ることができたんです。そうしたら、アイスランドの音楽が刺さって。スペシャル・K(Special-K)という女の子とか、パスカル・ピノン(Pascal Pinon)、ソーレイ(Sóley)、ムーム(múm)あたりが自分のなかに沁み込んでくるように感じました。自然を感じさせる声とか、ハーモニー、音作りがすごく面白かったので、そこらへんはかなり曲作りの参考にしました。ムームの曲で歌錬してみたり。発声方法にしても、最初はグループ時代の特徴的な歌い方から抜けられなかったので、本来の歌声を出していくことからSoushiさんと一緒に始めました」

――北欧のエレクトロニカやフォーキーな音楽を参考にしていった。

「そうですね。日本語の曲ではあるんですけど、サウンド的な部分ではかなり影響があると思います」

――“in the pool”を作った後にまとまった作品を作るプランが見えてきたのでしょうか。

「はい。この1曲を出したあと、パッと思いついた時にGarageBandで作ったのが“her voice”なんですけど、〈じつはこういう曲があるんだけど〉ってSoushiさんに伝えた時、〈これは1曲目に来る曲だね〉ということになって、だんだんストーリーができあがっていきました。“in the pool”は、私のなかに私がもうひとりいる、みたいな現象があって、その自分を統合するみたいな曲なんです。〈あの子〉という歌詞は結局、自分のことなんですよね。EPは過去・現在・未来という流れになっていて、過去の部分が“her voice”で。

変な話なんですけど、昔は自分の声が聞こえてくることに悩まされていたんです。今で言うインナーチャイルドみたいなことなのかもしれないんですけど、私のなかで別の私みたいなのが一緒に育ってきて、話し掛けてきてたんですね。そのことを表現しています」

――訊いてよいものか迷いますが、それはなんらかの症状と診断されたりしたものなのでしょうか。

「内在性解離と言われたことがあって。多重人格ってあるじゃないですか。それは見えないけど、中で人が変わっているもので、私の場合は人格がガラッと変わるわけではなく、解離というもので。一度、大丈夫かなと思って病院に行った時にそう診断されました。20歳とか21歳くらいの時かな? 今はその声も聞こえなくなってきたんですけど、ある時期、酷かったんですよね。色んなことが癒されてなかったりして、それに引っ張られてる自分と監視してる自分がいたんだと思います。でも、美化するわけではないんですけど、それを作品にしたことによって自分と切り離せて、ちゃんとしまえるようになったというか」

――引っ掛かっていたものに向き合った結果、スッキリすることができた面もある。

「ちゃんと思い出したら、ちゃんと忘れられるんだなと。日常のなかで少し軽くなれたというか」

――“her voice”で声があちこちから聞こえてくるのは、実体験を表現したものだったんですね。

「そうですね。ちょっとやばい人ですよね(笑)」

――いや、創作は内なる自分を見つめることだと思うのでまったく変なことじゃないと思います。ともかく、かなりパーソナルなことを描いた作品なわけですね。

「……2曲目の“daydream”が夜から朝にかけての曲で。過去に身近な大事な人を亡くす経験がありまして、もう会えない人への気持ちの整理がつかなくて、どうしても固執してしまっていたんです。記憶がループして自分の声が聞こえてきたりする、みたいな。それを持て余していたというか、どうしていいかわからなかったんですけど、曲にしてみたらいいかもしれないと思って、1曲目と2曲目を作ったんです。自分はどう思っていたんだろう、どうしたかったんだろうとか、カウンセリングみたいな感じでSoushiさんと意見を交わしているうちに曲がどんどんできていって。で、“in the pool”は自分を見つめている私が過去の記憶にケリをつけるという歌なので、全体の流れが見えたという感じです」

「この3曲までできた段階で、自分を出したことによって、やっと記憶を箱みたいなものに入れられたというか、忘れられるようになったんです。そこで未来に進んでいこうという気持ちができて、4曲目の“meanwhile”、賛美歌の“pilgrimage”という流れができていきました」

――だからタイトルが『kioku no hako』なんですね。近しい人を亡くしたというのも、もちろんとても大きなことで。

「そうですね。その出来事で悲しんでいる姿を周りに見せられなかったので、なかったことみたいにしたんです。家族とか周りも見ていてつらかっただろうし。途中で思い出し続けることもやめて、時間を止めてたんですけど、ことあるごとにフラッシュバックしてしまうので、どうにか向き合わないとなという気持ちがありました。“daydream”は〈針止まり〉と歌ってるのにずっと針の音が鳴ってるんですね。時が止まってるんだけど動いてるんだよなという矛盾を音楽的に表現していたり、オルゴールのサウンドも入っているんですけど、あれも巡るものじゃないですか。オルゴールは3曲目にも入ってるんですけど、その次の曲からは前を向いているので使わなくなったり。1枚を通じて色んなものを表現しています」

 

以前繋がっていた人たちをここで招集

――曲作りにGarageBandを使用したという話が出ましたが、普段から結構使っているんですか?

「それが、そうでもないんです(笑)。Soushiさんと曲を作る時に、なんでもいいから打ち込んだものをくれという話から課題のように週イチで送るということをしたんですね。それからパスカル・ピノンとかソーレイの曲がどんな構造になっているかをノートで絵に描いていって。最初はこうで次はこうでと分析して、それに沿った音を自分で入れるという練習をして、“in the pool”のもともとのデモができました」

――面白い作り方ですね。絵にして分析するという。

「アレンジされて全然違うものになりましたけどね(笑)。GarageBandは、機材を揃えてヴォーカルをレコーディングするくらいまでは頑張れるようになりました。“pilgrimage”のヴォーカルは宅録なんです。外の神社を見ながら尊い気持ちで歌いました(笑)」

――“pilgrimage”の歌が宅録だとは! EP後半の“meanwhile”と“pilgrimage”についても聞かせてください。

「“pilgrimage”は水野蒼生にクラシック的な要素をお願いして、賛美歌に仕上げました。自分のことを歌ってきたのでもう自分のことはいいやと思って、壮大な大自然に向かって歌いたいみたいな(笑)。歌詞も素直な気持ちで書きました。

“meanwhile”が最後にできたんですけど、がっつりコロナ禍だったので、オンラインでメンバーを集めました。MOSHIMOというバンドのドラマーをやっている高島一航さんをビートメイカーとしてお呼びして、Mayu Inabaさんにメロディーを作っていただいて、水野蒼生、Soushi Mizunoと合作してできた曲で、私は監督みたいな立場でした。これは移動の曲で、5曲目ができていたので、そこに行くまでの曲がほしくて。簡単に言うと、自分が少し元気になったからと言って、世界がすぐに変わるわけではないよ、ということを歌っています」

――集まったメンバーもユニークですよね。

「高島一航さんはColorpointe時代、バンド編成でやる時にドラマーで出演してくださった方なんです。水野蒼生はクラシックの指揮者でありDJでもあるんですけど、彼が日本に帰国した時に渋谷のホールで若手だけのオーケストラをやるといってクラウドファンディングしている時に、面白そうな人がいるなと思って声をかけたのがきっかけで、グループのオープニングDJをやってくれたりしました。その繋がりで曲を作ろうよと話していたので、前に繋がっていた人たちをここで招集した感じです」

 

やっと光が見えてきた

――“meanwhile”の歌詞で〈トンネル〉という言葉も出てきますが、作品を通じてご自身がトンネルを抜けていくような感覚がありましたか?

「それはありますね。これを作っていくなかで、やっと光が見えてきたなという。自分自身を肯定できるように成長したと思います。自分のことばかり考えてきたけど、誰かのために祈りたいという気持ちになれたのもよかったです。ただ、これを聴く人には、私の背景は関係なく、できたものだけを感じてもらえればいいので、その人の記憶とか思い出に重ねて聴いていただければ嬉しいです。

私個人としては、今のchamiが今までで一番演じてないと思います。MVも飾ったものではなくて、自分の田舎のすぐそばの田んぼの前でくるくる踊ってたりするので(笑)。何かになろうと思ってやってなくて、そのまま出そうという感じです」

――かつて何者かになろうとしていた人が、何かになろうとせずに作ったものが結果的にすごい作品になったという。

「ありがとうございます。たしかに不思議ですね(笑)。このEP、じつは去年の8月くらいには出来上がっていたんです。それを私が渋ってどこにも出さないでいたんですね。世に出て判断されるのが恐怖だったので。でも、Soushiさんに曲の鮮度が落ちると言われたりもしていたので、よしと思い立って、私の憧れだったAPOLLO SOUNDSに直接DMして音源を送ったところ、30分くらいですぐに返事がきたんです」

――それは早い! APOLLO SOUNDSのどんなところに憧れていたのでしょうか。

「君島大空さんに衝撃を受けたのが大きくて。どこに所属しているんだろうと思って調べたらAPOLLO SOUNDSが出てきたんです。ホームページの更新は止まってるんですけどね(笑)。君島さんは自分の聴いてきた音楽の中ではジャンル不明だし、まず声から男性か女性かすらも分からなくて、なんだこりゃという驚きがありました。J-Popでもないしロックでもないし、君島大空さんというジャンルじゃないですか。それで、自分の作ったものもロックでもないしエレクトロ・ポップでもないしJ-Popでもないしと思った時、もしかしたらレーベルの方に聴いてもらえるかなと期待したんです。そうしたら返事が来たのでびっくりしました」

――逆に言うとリリースが決まってない中できっちり仕上げたのもすごいですよね。

「そうなんですか? どこにも引っ掛からなかったらクラウドファンディングでも何でもしようと思ってはいました。前にいたグループでもレーベルに所属する難しさは知っていたので。でも、作りたいという気持ちだけはありました」

――改めて仕上がりとしてはいかがでしょう。

「EPなのに、かなり壮大なものが出来てしまいました(笑)。自分の中ではかなり納得しています。自分の気持ちをやっと取り出せて、いい形でまとめられました。それが一体何なのかというのは、みなさんに聴いて感じていただきたいです」

――自分の過去・現在・未来を描いたら、次は何をするんだろうということになりますよね。

「そうなんですよ! ただ、出し尽くしたのでどうしよう、何も出てこないのかな、と思っていたら、ふとした時に鼻歌が出てくるので録音したりしてます。ディープな物語を作ったけれど、その後もやれることはあると思うんですよね。先に向かって歩いていれば新たに見えてくる景色があるのと一緒で、出したからこそ次のフェーズに行ける気がしているんです」