Official髭男dismの新曲“Cry Baby”が話題だ。リリースされるやいなや、〈なんだこのコード進行は!?〉〈何回転調してるの?〉〈でも、すごくポップ〉といった具合に、その複雑で聴き慣れない和声とヒゲダンらしい突き抜けたポップさに従来のファン以外のリスナーも驚いている。

今回は“Cry Baby”のすごさに、もう一歩踏み込んで迫りたい。そこで、メタルからJ-Popまで幅広い音楽を深く分析的に聴きこみ、ブログ〈Closed Eye Visuals〉や音楽メディアでの旺盛な執筆活動で知られるs.h.i.に“Cry Baby”を分析してもらった。 *Mikiki編集部

Official髭男dism 『Cry Baby』 ポニーキャニオン/IRORI(2021)

 

藤原聡「たぶん、10回くらい転調してる」

“Cry Baby”はTVアニメ「東京リベンジャーズ」のオープニング・テーマとして制作されたOfficial髭男dismの楽曲(5作目のデジタル配信限定シングル)であり、5月7日のリリース直後から同バンドのファン層を越えた大きな反響を引き起こした。

“Cry Baby”

特に注目されているのが転調※1の激しさで、作曲者の藤原聡自身が対談※2で「〈カラオケで突然キーを下げられたような感じがする〉って言う人もいて」「たぶんですけど、フル尺で10回くらい転調してる」と述べているように※3、一般的なポップ・ミュージックでは考えられないような急激な場面転換が繰り返される。これは制作中の「ピアノを不意に間違えてしまったんです。でも、それが結果的にすごい転調の仕方をしていて面白くて!」という偶発的な閃きを、原作のテーマであるタイム・リープに絡めて仕上げたものであり、楽曲の変則的な展開が表現上の必然性を伴うかたちで美しく活かされている。

J-WAVE「WOW MUSIC」のaiko × 藤原聡(Official髭男dism)対談

 

悪路を爽快に走りきるジェットコースターのような名曲

“Cry Baby”が特に凄いのは、転調の面白さが誰にでもわかる形で提示され効果的に印象付けられていることだろう。複雑な進行を滑らかに聴かせてしまう点ではキリンジ~KIRINJIや冨田ラボ関連の楽曲など上をいく音楽も少なからずあるが、Official髭男dismのこの曲では異物感を伴うゴツゴツした進行の仕方そのものが耳を惹く引っ掛かりとなり、ポップ・ミュージックとしての強力なフックを生んでいる。

サビの急激な転調部分に〈不安定な〉という歌詞をあてるなどこうした構成は意図的なもので、それを終始キャッチーな歌メロ(歌いにくそうにも思えるが意外と覚えやすく鼻歌OKですらある)と歌声でねじ伏せてしまっていることもあってか、変則的な展開が多いのに(多いからこそ、と言うべきか)全体の流れは非常に印象に残りやすい。“Cry Baby”のこのような聴き心地は悪路を爽快に走りきる曲乗りやジェットコースターに通じ、外連味ある訴求力は少年マンガ的でもある。

こうした感覚をフィーチャーし成功しているポップスは稀だが、繰り返し聴くことで耳に残り新たな感覚が楽しく開発されてしまうという点でもこれほどポップ・ミュージックの魔力を体現するものもそうないだろう。そしてそれは、シリアスさと親しみやすさを両立する藤原聡の声を軸とするOfficial髭男dismの音楽だからこそ可能になるわけで、このバンドの重要な持ち味である爽やかな力業感を非常によく示すものでもある。タイアップとしてもオリジナリティーの表現としても素晴らしい、名曲というべき楽曲なのだと思う。