Page 2 / 4 1ページ目から読む

マリンバの音色に魅せられて

――では、新作について訊かせてください。『Bird Ambience』の大きな特徴は2点あって、ひとつはFujitaさんの別名義であるel fogを思い起こさせるような電子音響~エレクトロニカの要素を取り入れていること。もうひとつは、今作ではこれまでMasayshi Fujita名義の作品でメインに使用していたヴィブラフォンではなく、マリンバが主役となっているところです。

「そうですね。今回はマリンバの音色にインスパイアされて作った曲が多いです。これまでアコースティックのヴィブラフォン三部作を作ってきて、ある程度自分のなかではヴィブラフォンで曲を作る方向性に一区切りついたような感じがあった。3枚もアコースティックで作っているとその間にいろんなアイディアが出てきたり、いろんな曲の種みたいなものが出てきたりするので、そういうものが溜まってきて、〈次は全然違うことがやりたいな〉という気持ちになりました。

いままでは自分の音楽活動を、Masayoshi Fujita名義のアコースティックでクラシカルな感じ、el fog名義でやっていたようなエレクトロニック・ミュージック、さらにヤン・イェリネクとのコラボレーションで挑んだ実験的なインプロヴィゼーション、といったように分けていたんですけど、そういうのを全部取っ払って、いままでやっていたことをミックスしてやったらおもしろいかな、というアイディアが出てきました。

el fogの2009年作『Rebuilding Vibes』収録曲“Autumn”
 

そこに何か新しい要素を持っていきたいなと思って、前から興味があったマリンバを使いました。楽器としてもヴィブラフォンの親戚みたいなもので、演奏方法も似ているのでとっつきやすかった。ベルリンにいたマリンバ奏者の知り合いに楽器を弾かせてもらったとき、その音色に感動して、これはいろいろ使えそうだなと感じたんです。それで本格的にスタジオに入ってインプロヴィゼーションを録音し、それをベースにサウンドを作り上げていった感じですね。基本的には人から借りたマリンバで演奏していたので、あまり時間をかけられなくてそういう作り方になりました」

『Bird Ambience』収録曲“Thunder”
 

――ヴィブラフォンのときも、作り方としては自分でいろいろ弾いてみてその音色からインスパイアされて作曲していった感じだったと思うんですけど、今回のマリンバもそれと変わらないような感じなんでしょうかね。

「出発点は変わらないですけど、ヴィブラフォンのときは出てきた音をピックアップして、〈いまのいいな〉と思ったら繰り返し演奏して、練り上げて、それをだんだん大きくしていって、というふうに制作していったんです。今回はインプロでいい感じの音が録れたら、それを素材として、パソコンやエフェクターでサウンドを組み立てていくという作り方で、el fogの手法に近いんです。そういうわけで、出発点以降のプロセスはわりと真反対な感じでした」

――ヴィブラフォンと同じようにマリンバもプリペアードで演奏したのでしょうか?

「プリペアードの演奏も多少はありますが、今回はあまり多くないですね。なにしろ、今作はマリンバを弾きはじめて間もない時期の音源も入っているので、まだそんなにいろいろな奏法を試していないです。マリンバの素の音色自体に興味があって、それだけで探っていくところが十分にあった。プリペアードして可能性を広げていくっていう段階まで、まだ自分が行ってないですね」

――じゃあ、ここからまた新たな三部作が始まるかもしれないということかもしれませんね。

「そうですね(笑)。何部作になるかはわからないですけど、ここから新しく掘り下げていきたい方向性ではあります。シンセをはじめとしたエレクトロニックなサウンドとマリンバを絡ませたり、今作でも挑戦していますがパーカッションとマリンバと合わせる方法だったり、もっと試してみたいです」

――マリンバは楽器としてもヴィブラフォンの親戚みたいなものという話が先ほどありましたが、Fujitaさんが感じる両者の違いは?

「けっこう違う楽器ですね。まずサステインの長さが違うんです。ヴィブラフォンには音を抑えるダンパー・ペダルみたいなものがあるんですけど、マリンバはサステインが短いからもともとペダルがないんです。ぼくが使っているマリンバは5オクターヴのやつですけど、ヴィブラフォンは3オクターヴしかないというのも大きいですね。ヴィブラフォンと比べるとマリンバは音域が広くて、ベースも弾ければハイの音も弾けるし、そのぶん楽器が大きいのでコードを弾くのもけっこう身体を使って大変だったり。

あとはどの楽器にも言えることなんですけど、ヴィブラフォンでは良しとされるコードが、マリンバでは全然成立しないということがあります。ピアノとかでも同じですけどね。ピアノで弾くと良いコードなのにヴィブラフォンでは全然だめだとか。倍音の関係とかがあると思うんですけど。マリンバは独特の響きがあってマリンバだけでしか成立しない音やコード、ハーモニーがある。そこを探っていきたいですね」