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初の配信ライブで得た喜びと力

――配信ライブ〈“Cure” Online Live at Blue Note Tokyo〉は、いかがでしたか。

「とてもありがたく貴重な経験でした。事前収録でしたが、1回も途中で止めずにぶっ通しでやったんですよ。その方がライブの熱量が伝わると思って。無観客ではありましたが、目の前にお客さんがいるような気持ちでライブに臨みましたし、バンド・メンバーも高い熱量でやってくださった。

作品を形にしただけで終わらず、制作過程の想いを踏まえ新たなアイデアを出し合って、ひとつの熱量ある時間を作れたのは想像以上に感動しましたね。やっぱり〈歌〉って、お芝居とは違う独特の熱量や感情が出てくるものなんだろうなって」

〈小西真奈美 "Cure" Online Live at Blue Note Tokyo〉トレイラー

――その〈感動〉とは、どういうものですか。

「〈単独ライブをやれた〉という事実だったり、支えてくださるスタッフさんやバンド・メンバー、画面を通して観てくださる方への感謝はもちろんですが、一番大きかったのは〈こんなことできるんだ〉っていう新しい扉が開いたような感覚。たとえば、とんでもなく美しい地平線に夕日が沈む光景も、1回見たことがあったら2回目は細胞が〈知ってる〉ってなるじゃないですか。でも、初めて目にする瞬間は、細胞自体が言葉にできないざわつきや喜びを持って、自分のなかに溢れてくる。そんな感覚でした」

――演出もご自身で担当されたんですか。

「最終的には詳しいかたにアドバイスをいただきましたが、大枠は自分で決めました。〈ブルーノート東京でライブをしたい〉って言った瞬間から、〈私が考えなきゃいけないんだ〉と思っていたので。言い出しちゃったものだから、中途半端なのは失礼だと思いミーティングも全部参加したら、〈本人も出席するの?〉ってブルーノート東京のスタッフさんに驚かれて(笑)」

――レーベルや事務所の人が来ると思っていて、小西さんが現れたらびっくりしますよ!

「ですよね(笑)。そうだよなって思いながら、〈参加させてください〉とお願いして一緒にやらせていただきました。そしたら、ライブ当日に全部が終わって楽屋から去るとき、エレベーターのドアが閉まるまでブルーノート東京のスタッフさんがずっと拍手をしてくださったんです! あまりにも感動して、思わず泣いちゃって。

お客さんこそ目の前にはいませんでしたが、一緒にやってくださる身近なかたが喜んでくれる時間を過ごせたのは、すごく嬉しかったし今後に繋がるパワーをもらえました。〈音楽をやっていていいんだ〉って気持ちになった瞬間でしたね」

――ライブをきっかけに、もっと挑戦したいことが増えていきそうですね。

「すでに、いっぱいありますよ。終わった直後から〈絶対に有観客でライブをやろうね〉っていうのは、みんなで話しています(笑)」

 

40代の今だから書けた“Dear my friend”

――さて、直近でリリースされた“Dear my friend”ができたのは、いつ頃ですか。

「わりと最近です。大元になる曲は歌詞もコードも全部ついた状態で、ちょっと前にはできあがっていたんですけど、友達についてダイレクトに書いた初めての曲ということもあり、何曲もの中に混ぜてリリースするイメージが持てなくて。今の年齢だからこそ書けたすごく好きな曲でもあったので、出すタイミングを見計らっていました」

“Dear my friend”ティーザー

――そんな大切な1曲を、このタイミングでリリースしたのは何故ですか。

「この曲なら、私の音楽を聴いてくれるかたに寄り添える気がして。コロナ禍になり人と会いにくくなってしまったとき、私の心を支えてくれたのは長年の付き合いがある友達でした。そんなふうに〈私が寄り添うよ〉って捉えていただけたら嬉しいと思ったんです」

――〈friends〉ではなく〈friend〉なのも印象的ですよね。

「〈s〉をつけちゃうと、想いが広くなるじゃないですか。特定の誰かというわけではないけど、私が寄り添いたいのは横にいる〈この人〉。目の前にいる人に向き合ったり寄り添ったりできない今だからこそ、心の中心に届いてほしいという気持ちもあったので。だから、ジャケットのアートワークもふたりきりにしました。大勢だとパジャマパーティーみたいになっちゃうし(笑)」

“Dear my friend”ジャケット

――先ほどおっしゃった〈今の年齢だから書けた〉というのは、どういうことでしょうか。

「今なら友達に対して、薄い気持ちじゃなく歌えるし、言葉をかけられるなって。この年になると、友達との付き合いは短くても10年、長い人だと20年30年になってくる。曲を聴いた友達が〈あんなこともあったよね〉ってすぐに思い浮かべてくれるであろうというくらい、いろんな経験を共にしてきました。この歌詞は、30代後半では書けなかったでしょうし、50代になったらきっと書けなくなる。〈おばあちゃんになっても、ずっと一緒にいようね〉という気持ちもこめているので、40代に入った今だから書けた歌詞なんです」

――友情観って、若いときと比べて変わりましたか。

「変わりましたね。30代半ばを過ぎたあたりから、友人たちには全部を見せてOKって感覚です。10代20代前半のパワフルに夢を語りあう時期や、20代後半の見せられる部分と見せられない部分がある時期を越えての今なので。〈出会ってくれてありがとう。大好き〉も〈今の私はダメダメなの……〉も、ダイレクトに言えちゃう」

――だからこそ、今の時代に〈苦しい経験も笑いに変えて〉と歌えると。

「友達に何かあったときには駆けつけたし、私に何かあったときには友達が駆けつけてくれた。〈これが友達なんだな〉っていう経験をいっぱいしているから、“Dear my friend”の歌詞を書くことができたんだと思います。本当に友人たちのおかげです」