ただ歌って生きる自分らしい人生――心の赴くままに夢を追いかけはじめた56歳が、シンガー・ソングライターとしての新しいスタートを語る!

 これでいいのだ。どこを切ってもそう語りかけてくる歌。内包されたメッセージはいまの時代に確実に刺さるであろう鋭い切れ味を持つ。そう書くと居丈高な物言いの音楽を想像するかもしれないが、それは真逆。きっと歌声が纏う自由気ままな空気は老若男女の耳にフィットするだろうし、何よりも彼の軽やかな振る舞い自体が心を動かすメッセージとなり得ている。そんな音楽を届けてくれるのは、かつて心屋仁之助の名で心理カウンセラーを行っていたものの、一念発起してシンガー・ソングライターに転身したJin佐伯仁志。その挨拶状となるのが同名義での初アルバム『~風になれ~ 魔法のうた Jin佐伯仁志First』だ。

Jin佐伯仁志 『~風になれ~ 魔法のうた Jin佐伯仁志First』 office仁(2021)

 「僕の生き方のクセなんですが、思い立ったら現状をリセットしてゼロをめざしてしまうんです。心理カウンセラーになるときだって、会社も辞めて車も手離し、ゼロからのスタートだった。断捨離気質というのか、何か次の可能性を感じたら腕試ししたくなるんです」。

 自分らしい人生を生きる=ただ歌って生きることだと気づき、56歳にして新たなスタート地点に立った彼。のびのびとした開放感に包まれた曲揃いで、大きく深呼吸をしているようなヴォーカルに出会える。アルバムの基調となるのは、表題にもなった“風になれ”を筆頭に温かみのあるアコースティックなサウンド。特徴としてはメロディーの端々に何とも言えない〈郷愁〉が漂っているところで、いずれも夕暮れ時に鼻歌で歌うのが似合いそうだ。

 「それはベースに昭和のフォークがあるからでしょうね。姉ちゃんのエレクトーンでアリスの“今はもうだれも”のメロディーをなぞっていたのが音楽の原体験。その頃から独学でギターを始めて、中学時代は長渕剛のコピーに躍起になっていました。ただ曲のようなものを作っても完成させることはなく、ミュージシャンになるなんて考えもしなかった」。

 長らく忘れていた音楽への情熱を取り戻したのは、心理カウンセラー時代。催眠療法の一貫として音楽を使うことを閃き、自身で曲を作りはじめる。そこで蘇ってきたのが学生時代に大好きだった音楽で、いまも作曲を行う際は自然と身体から湧き出るメロディーを大事にしているという。そんなルーツを持つJinだが、人生のフェイヴァリット・アルバムは?と訊くと、意外にもエド・シーランの『÷』だという返事が。

 「洋楽を聴きはじめたのは50代から。僕にとって歌詞は音楽における最重要事項なのですが、歌詞を見ず一緒に口ずさみたくなったのは彼の音楽が初めて。とにかく歌の雰囲気が良い。それからメロディーメイカーで好きなのはTUBEの春畑道哉。TUBEの“Smile”は理想の一曲ですね」。

 〈ゼロからの紅白出場〉を掲げてシンガー・ソングライターとして走りはじめた現在、どんな野心を抱いているのか訊ねると、「映画『ボヘミアン・ラプソディ』のクライマックス、ウェンブリー・スタジアムの広々とした観客席の光景が浮かぶ。あの舞台に死ぬまでには辿り着きたいかな」と笑って話してくれた。

 「でも、いちばん楽しいのは、夢に到達するまでにどんな道を通っていくのかを想像しているとき。大きな夢を掲げたけれど、それがどんなふうに実現していくのかをワクワクしながら待っているんです。そこをめざして突進するぞと野心をぎらつかせているわけじゃない。そんな姿勢が良しとされる時代はもう終わりじゃないかって気すらしているしね。かつてTVに出させてもらってすごく名前が売れたけれど、きっかけをもらったのはちょうど一回活動をやめようと考えていたときだった。以前は、大きな成果は自分の努力に関係すると信じていたのに、実際は、がんばるのをやめたときに世界が向こうから勝手に近づいてきた。そうだ、自分の思い通りになるよう励むより、やってくるものをただただ味わうようにしよう。そう考えていたらシンガー・ソングライターとして再出発するなんてこんな思いがけない現実もやってきたし」。

 羅針盤を覗き込みながら方角を決めるのはもうやめた。とにかくひたすら風まかせ。そんな航行方法を選択することで、どこまでも遠くに飛んでいきそうな歌を紡げるようになった彼。最後に現在の気分を言葉にしてもらおう。

 「いまは大いに遊ぶことにしていて、僕が台風の目になってみんなを巻き込んでいければいいなと思っている。俳句のように余計な言葉を削ぎ落として、なおかつカッコいい音楽や人生を作っていきたいですね」。