Jin佐伯仁志がアルバム『~風になれ~ 魔法のうた Jin佐伯仁志First』のリリースに合わせ、ライブツアー〈あなたの心が風になる 魔法のうた 弾き語り全国ツアーFirst〉を2021年9月26日にスタートさせた。
彼は佐川急便への19年間の勤務を経て心理カウンセラーに転身すると、やがて〈心屋仁之助〉名義でのカウンセラー業と並行して音楽活動を開始、そしてこの度56歳にして〈Jin佐伯仁志〉に改名し専業ミュージシャンになったという、異色のキャリアの持ち主だ。溢れるバイタリティーで常に〈なりたい自分〉になろうとする彼の姿を見ていると、人は何歳からでも生まれ変わることができるのだと強く励まされる。
この度スタートした〈あなたの心が風になる 魔法のうた 弾き語り全国ツアーFirst〉は、彼がJin佐伯仁志として回る初の全国ツアーとなる。そんな記念すべきツアーの初日のステージに、ライターの桑原シローが迫った。ライブ終演直後のJin佐伯仁志自身によるフレッシュな感想も2ページ目に記載しているので、そちらもぜひチェックしてみてほしい。 *Mikiki編集部
〈心屋仁之助〉からの卒業、〈Jin佐伯仁志〉として再出発
9月26日、神奈川・新横浜NEW SIDE BEACH!!のステージ上から流れてくる歌声に耳を傾けながら、漫画みたいなミラクルをまたふたたび起こしたい、と、いまひとりで歩き始めた男の未来に思いを巡らせる。
今年、心理カウンセラー〈心屋仁之助〉を卒業し、本名と愛称を合体させた〈Jin佐伯仁志〉として再出発した彼。現在の肩書は〈“魔法のうた”シンガー&ソングライター〉である。
みずからの人生を選択できるのはやはり自分でしかないんだよな、そんな至極当たり前の法則を具現化させるために彼はきっとこんな大胆な選択を行ったのだろう……というようなこちらの勝手な思い込みを気持ちよく打ち砕いてくれたのは、イイ具合に肩の力が抜けたパフォーマンスの数々。あの日の彼は、飄々とした、という言い回しがピッタリくるような風情で、柔らかくも頑丈で、噛みごたえがあって喉ごしの優しい〈魔法のうた〉を豪勢に振る舞ってくれたのだった。
客席のみんなと祝った新しい門出
心機一転を図るデビューアルバム『~風になれ~ 魔法のうた Jin佐伯仁志First』を引っさげて全国17か所を回る〈あなたの心が風になる 魔法のうた 弾き語り全国ツアーFirst〉の第一歩となったこの日。9月24日に東京・渋谷PREASURE PREASUREで開かれたバンドを従えてのパフォーマンスとは異なり、アコギを手にひとりっきりで観客たちと対峙する。
オープニングを飾った“この世に何をしに生まれてきたのかい”をはじめ、つねに思わぬ効力を発揮する氏の大きな笑顔もいつもと変わりない様子だが、再出発を決心するに至った心の動きがより見えやすくなっていたのはひょっとするとこの弾き語りライブのほうだったかも? そう思えるほどに、いっそう〈素〉に近いと感じられるような姿が垣間見えたのも印象深く思い出される。
「心理カウンセラーとして活動し始めて14、15年。歌にシフトしていってから、人がさあっと引いていった」と語り出したJinさん。「こんな時代にこんなことをやり始めたけど、何が正解かわからない。でも日常にいろんなシンクロが溢れていて、本当におもしろい。だから自分でやろうとしたことすべてが正解だと感じる」。
そして、今日ここへ来たわれわれもまた正解なんだと彼は続ける。まるでこちらの肩をポンポンとやさしく叩くようなこの絶妙な語り口。成功=正解、というようなどうにも窮屈で四角四面な考え方はよそうじゃないか、そんな力強い問いかけをしかと受け止める。
“自分に嘘をつかなかった”と“素顔”が期せずしてメドレーのように合体してしまうというハプニングなども織りまぜながら、リラクシンなムードのなかで進行していくステージ。時折彼の口から「今回の決断に少し不安があって」と吐露される場面があったけれど、歌と真摯に向き合える幸せを噛みしめているJinさんからいろんな大切なものを受け取っているから、というような誰かの声がその都度どこかから上がるのを耳にして……というのは単なる気のせいだったか。
いや、あの日は新しく生まれ変わった〈Jin佐伯仁志〉の明るい未来を信じる人たちで満たされており、彼らが発するポジティブな波動によって会場の照度が少しばかりあがっていたことは間違いない。例えば、アコギからキーボードにチェンジして披露された“がんばったね to me”。不覚にもミスタッチしてしまった彼へあたたかいエールが送られたのだが、その励ましの端々に、この場に居合わせることができ、新しい門出を共に祝えていることの彼らの喜びがしっかりと確認できたもの。
アルバムに収められた新曲とおなじみの曲を織り交ぜた内容となったこの日のセットリスト。“Superstar”や“ナメるな”や“熱気球”といった中盤のアップ系における前のめりなパフォーマンスからは気力充分な状態の彼が見て取れた。
ところで彼曰く「これまでの5枚のアルバムは誰かのために書いてきた」ということだが、現在の伸び伸びとした姿勢で歌われることによって、古い曲もまた新しい表情を獲得している事実を、本ツアーに参加される方々はきっと気づかれることだろう。
「カウンセラーのときは優しい顔をしてやっていた。でもそのマスクを外して楽になった」とJinさん。「カッコ悪くてもいいから、自分をさらけ出していったほうがいいと50を過ぎてから気づいた」というMCに続いて歌われた“堂々とそのままでいよう”は、歌声の晴れやかさそのものが曲に刻まれたメッセージを雄弁に伝えていたように思う。そしてジェントルな口笛の響きが格別な癒し効果を持つクライマックスの“風になれ”まで、ひたすらどこまでも人間臭い歌を紡ぎ続けた56歳のオールドルーキー。
ここにきてオギャーと生まれ変わりを果たした彼にいったいどんな未来が待っているか正直想像もつかないが、人から無謀と言われるものほど、大きなやり甲斐を得られることだけはよく知っている。ちょうど海の向こうで27歳の青年がまるで漫画のようなミラクルを起こしたのを目の当たりにしたばかりだし、それに疑うよりも信じたほうが何かと楽しくなるじゃない? 彼の歌を頭のてっぺんから浴びまくったこの日はそういう気持ちに駆られずにはいられなかったのだった。