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アウトサイダーだけどフレンドリー

エラード・ネグロ名義でのデビュー以降、毎年のようにフルアルバム、ミニアルバム、カセット、配信のみの楽曲など精力的にリリースされていた作品群は、サウンドの振れ幅はあるものの基本的な質感は初期から大きく変化してはいない。どの作品にもコズミックでアウトサイダーな雰囲気があるが、その反面でフレンドリーかつメロディアス。フォーキーな生楽器とアンビエントな電子音の融合はとても緻密で、コラージュ的というよりモーフィング的だ。部屋で友達とくつろいでギターを弾き語りながら、いつの間にかシンセやリズムマシンもいじり出した、みたいな様子が目に浮かんできて好ましい。

とはいえ、そこ(デビュー)からここ(注目)まで15年以上かかったという事実は、彼の才能の大きさからしたら割に合わないとも思える。80年生まれの彼は、今年で41歳になった。アズマティック・キティ(2009~2016年)から、現在エラードが暮らすブルックリンの最先鋭レーベルであるRVNG(2016~2019年)への移籍は、クリエイターとして無用な制約を受けない理想的な展開だったが、一般的な意味でのポップさにいまさら向かうとも思えなかった。しかし、自由すぎるから逆にポップにしてみたくなった、とでもいうようなアマノジャクが彼のなかで作用したのか、そのRVNGで『This Is How You Smile』のヒットが生まれたのだからおもしろい。以降、ジェリー・ペイパー“A Moment”(2018年)や、デヴェンドラ・バンハート“Love Song”(2020年)のリミックスをオファーされるなど、彼自身の活動の幅もそれまでよりずっと広い範囲へとクロスオーバーしていった。

2019年作『This Is How You Smile』収録曲“Running”

 

『Far In』が提示する、先の見えない時代の歩き方と踊り方

新作『Far In』は4ADへの移籍第1作アルバムである。だが、4ADでの楽曲リリースはパンデミック中の2020年からすでに始まっていた。その筆頭を飾ったのがニール・ヤングのカバー“Lotta Love”(アルバムには未収録)の配信リリースだった。ニール・ヤングはシンガーソングライターの王道を行く巨人でありながら多作と脱線の人でもあり、自らの信念に応じて反骨と冒険を繰り返してきた。“Lotta Love”という楽曲自体はカントリー・アルバム『Comes A Time』(78年)に収録された優しげなポップソングでコロナ禍を意識した選曲だったかもしれないが、ヤングとエラードの間に奇妙な近似性を感じたのも確かだ。

2020年のシングル“Lotta Love”。フロック・オブ・ダイムスをフィーチャー
 

また新作には、2020年春、アートプロジェクト参加のために訪れたテキサス州の砂漠の街マーファにて数か月の停滞を余儀なくされた状況で生まれた曲もいくつか収録されているという。滞在中にパンデミックの激化によりNYがロックダウンされて戻れなくなったのだ。

その直前までツアーや友人たちを交えてのセッションを続けていた日常から突然切り離されたことに対する戸惑い、そしてもう戻れない過去との隔たりへの実感も、アルバムを覆うミストのようなムードからは感じ取れる。砂漠にいて周囲のすべてがはっきり見えているのに、現在や未来は(コロナ禍により)霧に包まれたようにぼんやりとしてしまった。だが今作は、それを暗さや停滞につなげるのではなく、見えない時代の歩き方、踊り方を提示していると僕には思える。パンデミックという大きな逆境を経験しつつ、信頼すべきゲストを迎え、リモートとスタジオの双方を駆使しながら、作るべき作品を作り上げた。