Photo by Nathan Bajar La Naranja
 

エラード・ネグロが4ADに移籍しての第一弾アルバムとなる新作『Far In』をリリースした。エクアドル移民の息子として生まれ、現在はブルックリンを拠点にしているネグロ。2000年代から活動する彼は、まどろむようなメロウネスを持った歌声とアンビエント~サイケデリックな要素の強い音作りを融合させ、独自のフォークを作り出してきた。本作は、2020年の夏に訪れたテキサス周辺の辺境地マーファがインスピレーションとなったという全15曲を収録。トロピカル、ドリーミー、エクスペリメンタル、フリーキー……多彩な側面を不思議なポップ感覚に落とし込んだ『Far In』は、聴き手を〈どこか遠く〉へと心地よく連れて行ってくれるだろう。今回はライターの松永良平がネグロの歩んできた15年もの旅路を振り返りながら、『Far In』を解説した。 *Mikiki編集部

HELADO NEGRO 『Far In』 4AD/BEAT(2021)

プレフューズ73=スコット・ヘレンとの共鳴

エラード・ネグロことロベルト・カルロス・ランゲ、という紹介は、2019年にRVNGからリリースされた『This Is How You Smile』が大きく話題を呼んだ時期によく聞かれたものだ。彼のエラード・ネグロとしてのキャリアのスタートは2009年だが、本名であるロベルト・カルロス・ランゲのキャリアは実はそれ以前からはじまっている。最初にリリースしたのはエプスタイン(Epstein)名義でのビートミュージック的なアルバム『Puñal』(2004年)。そして2009年にはロベルト・カルロス・ランゲとしてプレフューズ73ことスコット・ヘレン主導のプロジェクト、サヴァス&サヴァラスにも参加していた。とはいえ、その頃からロベルトのキャリアに注目していた人はそんなにいないだろう。

サヴァス&サヴァラスの2009年作『La Llama』表題曲
 

だが、あらためてサヴァス&サヴァラスを聴くと、同ユニットとロベルトには音楽性の面で通じるところが大きかったと感じる。カタロニア出身の父とアイリッシュとキューバンのハーフである母を持ち、アメリカ南部アトランタで育ったスコットと、南米エクアドル出身の両親のもとフロリダで育ったロベルト。ルーツにスペイン語圏の現地音楽があり、やがて電子音楽に魅了されていったロベルトの前半生はスコットと通じる部分が多いはずだし、二人の接点にもローカルなフィーリングの共鳴があったはず。

実際、スフィアン・スティーヴンス主宰のアズマティック・キティから、エラード・ネグロとしてリリースしたソロデビュー作『Awe Owe』(2009年)は、サヴァス&サヴァラスの音楽性を引き継ぎつつ、自身の感受性に率直になった結果を自然に放り出したものだった。

2009年作『Awe Owe』収録曲“Dahum”